第2話 チャイルド・メロン
2-1 とても小さく、とても大きく
五月。ゴールデンウィークも明けた中旬のとある木曜日のこと。
いつものようにオカルト研究会の部室で放課後を過ごしていた私のスマホに、一つのメッセージが届いた。
送り主は
これから体育館裏まで来てほしい。冗長な彼女の文章を要約すると、まぁそんな内容だった。
私がメッセージを確認することを監視でもしていたのか、開いた先から見ている間にポコポコと続け様にメッセージの続きが送られてきて。
一つのメッセージで完結させてほしいものだけれど、こういったところも私と違って今時の女子な人だ。
今日は生憎研究会で特段取り組むような事柄はなく、私はただのんびりとしていただけだった。
というか、オカルト研究会は正直活動という活動はしていない。
ガールズ・ドロップ・シンドローム関連のことは、オカルト研究会としての都市伝説や噂への研究と言えなくもないけれど、基本的にはここの主である
だから研究会としての活動成果や報告は全くないわけで。となれば普段やることというのも特にはない。
そんな研究会が存続を許されているのは、一重に私立で予算に余裕のある学校が大目に見てくれているだけ、だと思う。
その代わり部費の支給はないし、与えられたこの部室だってランクとしては一番低い余物。
けれど私たちはそれで全く困っていないので、なんとかこの状態は維持されている。そんな感じ。
なので、部活があるからとか忙しいからとか、そういった言い訳は全く使えなかった。
もちろん誘いを断る理由なんていくらでもでっち上げられるけれど。
春日部さんには、彼女が一方的に絡んできているとはいえ、時々世話になることは事実で。
先月の森秋さんの時もそうだし。だから、なんでもかんでも無下にする、というのも些か心苦しかった。
こういう時、友達とも言えない微妙な距離感だからこそ強く出られない。
それでも私は時間を目一杯使ってゆっくり悩んでから、了解の旨の返事をし、いつもより少し早く部室を出ることにした。
「カンちゃーん! おーい! こっちこっち〜!」
私がご指定の体育館裏に顔を覗かせると、春日部さんがやけに大袈裟に手を振ってきた。
制服のブレザーを腰に巻いたかなりラフなステイルで、体育館の脇の扉から伸びる階段に腰掛けている。
運動部じゃないどころか、部活には所属していない彼女がなんでこんなところにいるのかと思ったけれど、どうやらそこにいたのは彼女一人ではないようだった。
「急に呼び出しちゃってごめんね? カンちゃんにちょっと相談事があってぇ〜」
そうニカニカと笑みを浮かべながら言う春日部さんの隣には、一人の女子、というか小さな女の子が座っていた。
この高校の指定ジャージの上着と体育着の短パンという服装から在学生だと判別できたけれど、そうでなければ小学生かと思ってしまうほどに小柄な少女。
幼なげな顔立ちとは裏腹に鋭い目つきで、さほど長くはない髪を一本にまとめているスポーティーな雰囲気な出立ち。
彼女が運動部だから、春日部さんはこんなところにいるということなんだろう。
「こちら、
「あ、同い年なんだ……」
そう紹介する春日部さんの言葉に思わず率直な意見を口にすると、その小柄な少女、児島 甜花は勢いよくガバりと立ち上がった。
「はぁ!? 私がお子様にでも見えたってわけ!?」
「ッ────!?」
思わず息を飲む。
けれどそれは決して、小柄で幼なげな見た目に反して、かなり苛烈な怒りを見せた彼女の様子に圧倒されたから、ではない。
目の前の小学生と見紛うほどの少女が、一瞬で見上げるほどの大女に巨大化したからだ。
地面に立つ私に対し、二段ほど高い位置に立ち上がったからそう錯覚した、というわけではない。
座っている時は小柄に見えたけれど、立ち上がってみれば実際は身長があった、というわけでももちろんない。
彼女は目の前で、その体格がグググと拡大し、拡張し、肥大した。
そのあまりにも非現実的な光景に、私は絶句したのだった。
「ぎゃー! てんてん! でっかくなっちゃってるって! 落ち着いて。ほら、深呼吸ぅー! 深呼吸ぅ〜!」
「わっ、まっず……!」
春日部さんが大慌てで声をかけ、我に帰った児島さんは言われた通りに深呼吸を繰り返した。
すると二メートル近くはあるんじゃないかという巨体が、みるみるうちに萎んでいって。
そしてまるで何事もなかったかのように、最初と同じ小学生のような小柄な姿へと戻った。
「えっと、まぁ、こういうことなんだけど……」
児島さんをまた座らせて、春日部さんは苦笑いを浮かべた。
こういうことと言われても、いきなりこんなものを見せられても何も納得はできなかった。
「カンちゃんには、このてんてんの相談に乗ってあげてほしいんだよぉ」
「そ、相談って……」
『てんてん』というのがこの児島さんを指しているだろうことは察せられる。
ただ今こうも威嚇されたばかりの私が、彼女の相談相手に相応しいとは思えない。
まぁ私があからさまに地雷を踏み抜いてしまったからいけないんだけれど。
一応落ち着いた児島さんだけれど、元来の目つきの悪さも相まって、すごくこっちを睨んでいる気がする。
いや、きっと気がするではなく、ただただ事実なんだろうけれど。
「てんてん、今のは忘れてあげて? この子が話した
「まぁ、苺花がそう言うなら、今回は聞かなかったことに、する」
春日部さんに宥められ、児島さんはようやく私に対する敵意を引っ込めた。
とはいってもやっぱり目つきは悪く、幼なげな顔立ちじゃなければ未だ喧嘩を売られていると感じてしまいそうだ。
「えっと、つまり……」
わけがわからないままに衝撃的な光景を見せられた私は、自分の気持ちを切り替えるためにも口を開いた。
「児島さんは、ガールズ・ドロップ・シンドロームに困っているって、こと?」
体が肥大化するなんていうわかりやすい異常現象は少し珍しいけれど、とはいえないことはない。
逆にこれが異能力の産物じゃなければ困るくらい、あからさまな異変だ。
私が尋ねると、児島さんは小さく頷いた。
「ま、そういうこと。私、一ヶ月前くらいから、身長が……縮んじゃってて」
「いやでっかくなってたでしょ」
また思わず言葉が口をついてしまった私に、児島さんはキッと鋭い視線を向けてきた。
けれど反論はできないのか、視線だけで怒鳴ったり立ち上がったりはしなかった。
「それもというか、どっちもというか。でも、私としてのメインな悩みは縮む方なの」
少しぶっきらぼうにそう言った児島さんは、今度は落ち着いた様子で立ち上がり階段を降りた。
私の目の前までやってくると、余計に彼女の小柄さがよくわかる。
百六十センチほどある私に対し、児島さんは頭ひとつほど小さい。体の線も細いから余計に華奢に見えた。
「私、本当は元々百四十五センチは、一応あった。でもどんどん縮んで、今は百四十センチしかなくて。計測の誤差とか、そういうのじゃ説明つかないでしょ」
「確かに……。一ヶ月で五センチ。つまり週に一センチ以上も縮むなんて」
私のことを目一杯見上げながら話す児島さんに、私は頷かずにはいられなかった。
人間身長が縮むことが全くないとは言えないけれど、流石にペースが異常だ。育ち盛りの高校生の時期には尚更。
さっきの巨大化と合わせて、身体を拡大縮小させる能力といったところなんだろうけれど、コントロールできていない結果が徐々に縮小するという状況になってしまっているんだろうか。
正直他人の私から見たら、元々小柄の児島さんの身長が五センチ縮んでいたとして、特に変わり映えは感じない。
けれどそれは私が当事者じゃないからで、本人はその変化に戸惑うだろうし、小柄だからこそ更に小さくなることに余計不安を覚えるんだろう。
見た目や身体そのものに明確な変化が出てしまうこの能力は、決して軽視できるものではない。
「事情はわかったけど。ガールズ・ドロップ・シンドロームに罹ったということは、児島さんは今どんな恋をしているの?」
「それは、その……」
私が尋ねると、児島さんはものすごく言いにくそうに俯いた。
これまでの強気な態度からは想像のできない、かなり内気な様子で。
「その辺りのことも聞いておかないと、力になるかどうかの判断ができないんだけど……」
「う、うぅ……。言わなきゃ、ダメなのかぁ……」
ものすごく言い渋る児島さん。
小さな手をぎゅっと握りしめて、まるで罪の告白を迫られているかのようにおどおどしている。
思わず春日部さんの方に視線を向けてみたけれど、彼女は助け舟を出さずそんな児島さんを見守っていた。
「わ、わかった。言う。言うよ……。でも、その……頼むから引かないでほしい、んだけど」
渋々、絞り出すように、歯を食いしばる児島さん。
そう前置きをされるとこちらも身構えてしまう。
叶わなぬ恋を色々と聞いてきた私としては、大抵のことは受け入れられる自信があるけれど。
どれだけ難しい状況なのかと気を張っていると、児島さんは恐る恐るその答えを口にした。
「私、小学五年生の女の子を……その、好きになっちゃって……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます