2-2 踏み出す勇気

「つまりロリコンってこと?」


 そう香葡かほ先輩が言ったのは、翌日の放課後の部室でのこと。

 昨日の呼び出しでのことを報告すると、とても怪訝そうな顔が返ってきた。


「うーん。まぁ、そう単純な話でもないみたいなんですが……」


 いつものように香葡先輩の太ももに頭を預けながら、私もなんとも言い難い出来事に眉を寄せた。

 結局昨日は、一旦考えさせて欲しいと言ってその場を切り抜けたけれど、考えてどうにかなる問題でも正直ない。


 香葡先輩のリアクションは普通に考えると当然のものだ。

 私も話を聞いた時、その相談は私ではなく警察にするべきなんじゃないかと思った。

 高校二年生と小学五年生の恋愛を、言葉そのまま恋愛と捉えるのはなかなか難しい。


 ただ、それは本人だって百も承知で。

 それを叶わない恋、叶えてはいけない恋だと思っているからこそ、ガールズ・ドロップ・シンドロームに罹ったんだろうから。

 そう考えると、幼い子供に恋心を抱いた彼女を、ただ異常だと言ってしまうのは違う気がする。

 極論、人を好きになることは、どんな形であれ自由なのだから。


「それで、その甜花てんかちゃん、だっけ? その子の言い分……違うか、説明は?」

「聞くにその小学生、見た目はどう見ても小学生と思えないほど、成熟した子らしいんですよ。だから出会った時、恋に落ちてしまった時は、相手が小学生だとは思っていなかったみたいで……」

「な、なるほど……」


 難しい顔をしながら話を聞く香葡先輩は、私の頭を撫でてくれる手がどことなくぎこちない。

 別に児島さんに引いているわけではないんだろうけれど、やっぱり衝撃が大きいんだろう。


 児島さんによると、相手の小学生はこの学校の初等部の生徒らしい。

 我が校は初等部、中等部、高等部とエスカレーター式になってる学校で、校舎は別々だけれど全て同じ敷地内にある。

 女子校になっているのは中等部からだから、小学校は共学らしい。

 私は高等部からの外部入学組だし、同じ敷地とはいえ小学生や中学生と顔を合わせる機会はないから、あまりその辺りのことは詳しくないんだけれど。


 一ヶ月ほど前の日曜日、児島さんが学校の近くの公園でバスケットボールの練習をしている時、その子に出会ったらしい。

 その子は身長が私よりも高い百六十五センチほどあって、それ以外にも色々と発育が良かったみたいで。私服だったということもあって、まさか小学生だとは思わず、むしろ少し年上じゃないかとすら思ったと。

 小柄な児島さんから見たら理想の大人っぽい女性像に、ほぼ一目惚れだったという話だ。


 蓋を開けてみれば六つも年下、しかも小学生と知って。けれど燃えた恋はそう簡単には消えなくて。

 以来児島さんは、高校生としての理性的な分別ふんべつと、抑えられない恋心との戦いに悩んでいる、という話。


「圧倒的に年下だけれど、大人っぽい色気を持った女の子、かぁ。年下属性と年上属性のハイブリッド。うーん! 確かになかなかの強敵かも!」

「敵って……」


 話を聞いていて段々エンジンがかかってきたのか、香葡先輩のノリは少しずつよくなっていく。

 確かに詳しい話を紐解いてみれば、単に小さな子供を好きになってしまったのとはまた違った印象を覚える。

 児島さんが見ているのはその小学生の子供らしい部分ではなく、自分より年上とすら思える大人っぽさの方なんだから。


「まぁでもさ、嘘みたいだけどたまにいるよね。実年齢よりも圧倒的に大人っぽい子って。知らなきゃ恋しちゃってもおかしくないよぉ」

「とはいえ、実年齢の問題は大きいですよ。個人的なというより、社会的な、です」

「だねぇ。たとえばその子が中学生になるまで待ったとしても、そしたら甜花ちゃんは大学一年生だもんね」

「絵面としてはむしろ今よりも更に悪いかと……」


 まだ児島さんが高校生だから、相手が小学生でもギリギリ子供同士という括りにできなくもない。

 ただ大学生という大人な印象の立場になってしまうと、中学生に対している時に犯罪臭がしてしまう。

 そしてその構図は、六歳差という縮まらないもののせいで、きっと長く続く。


「もっとずっと大人になれば、六歳差くらい大した問題じゃなくなるのかもしれないけど。でもそうなるまでに果たして今から何年必要なのかって話だね」

「はい。その子が二十歳になるまで待ったとしても、児島さんは社会人の二十六歳。場合によっては学生と社会人の関係も良くは思われないでしょうし。じゃあ卒業して二十三歳として、児島さんは二十九歳。もう十三年後の話です。そこまで待つのか、というか続くのかというか」

「できたら純愛だけど、それこそ現実的じゃないね……」


 数字の話をしていると頭が痛くなってくる。

 私たちは二人で難しい顔をして溜息をついた。


 この恋は、児島さんとその小学生の気持ちの問題、という範疇を超えている。

 正直私としては、さっさと踏ん切りをつけてしまうのが、あらゆる事柄にとっていいと思う。

 けれどそう簡単に割り切れれば、ガールズ・ドロップ・シンドロームに罹ってしまうほど拗らせたりはしないんだろう。


「能力は身体の拡大縮小か。目に見えて身体に影響が出るタイプは、ちょっと珍しいね」


 児島さんの恋の障害について考えすぎるとキリがないからか、香葡先輩は話題を切り替えた。


「ガールズ・ドロップ・シンドロームで顕れる異能力は、恋に紐付いているからか、精神的なものが多いし。ただ物理的なものの方が、能力に対する悩みは大きいだろうね」

「はい。実際児島さんは、能力がコントロールできていないせいで、継続的に身体が縮んでしまっています。私みたいな初対面には気にならなくても、身近な人が気づくのは時間の問題でしょう」


 元々身長が低い児島さんが、更に小さくなってしまうことを恐れるのももちろんそうだけれど。

 このままいけば極端な話、人間の規格を超えた小ささになってしまう可能性だってあるのだから。

 話はただの身長コンプレックスに止まらないかもしれない。


 気持ちが昂った時は昨日ように瞬間的に巨大化もするみたいだけれど。

 ただ冷静さを取り戻すと縮んで、しかし縮む際は元の大きさじゃなく、今の縮みすぎた大きさだという。

 たまに大きくなって調節すればいいという問題ではなく、対策は急務かもしれない。


「そうだよねぇ……。うん、話はとりあえずわかったけどさ。柑夏かんなちゃんとしてはどうなの? 今回の甜花ちゃんの件は」


 かなり明確な問題が目白押しな今回のケースに、香葡先輩もかなり頭を悩ませている様子だった。

 けれどやっぱり恋の話は楽しいのか、わくわくとした笑みは隠せていない。

 そんな中で先輩は、私の意見を尋ねてくる。


「私は……正直、児島さんのことは苦手です」


 別に小学生に恋をした彼女を非難するつもりはない。

 そもそもの性格として、あのすぐ噛み付くような強気なタイプが私は苦手なんだ。

 苦手な人間の問題なんて知ったことかというつもりはないけれど、変に深入りして痛い目を見るのは嫌だ。

 向こうも私のような陰険で、そして気遣いのできない人間は好きではないだろうし、折り合いは悪い。


「ですけど、春日部さんの紹介ですし、それに……やっぱり困ってはいるみたいですし」


 私を紹介した春日部さんの顔に泥を塗るのは、少し忍びない。

 この斡旋は彼女のお節介ではあるけれど、だからと言って簡単に無下にできるほど私も鬼じゃない。

 それに児島さんに直接会って、その問題を自分の目で見て、彼女の悩みを聞いてしまった。

 苦手なタイプの相手とはいえ、全くの赤の他人よりは情のようなものが芽生えなくもなかった。


「柑夏ちゃんが気になるなら、もう少し話を聞いてみてあげてもいいかもね」


 悩む私に、香葡先輩はそう言って私のお腹あたりをポンポンと優しく叩いた。

 まるで子供を寝かしつけるような、あやしているような、そんな手つきで。


「手がつけられないと思ったら、強制的に対処するもよし。関わりたくないと思ったら、後から手を引いたっていい。大事なのは、踏み込むことを恐れないことだと、私は思うなぁ」


 そう言う香葡先輩は、私に意見を求めているようで、明らかに促していた。

 私に問題に関われと、首を突っ込むようにと、そう言っている。

 そこにどんな意味があるのか、私自身に必要なことなのか、わからないけれど。

 香葡先輩がそう言うのであれば、もう少し頑張ってみてもいいかもしれない。


 普段は他人と関わることを避けがちな私だけれど。

 たまには気張ってみないと。成長できないかもしれないから。


「はい。とりあえず、もう少し話を聞いてみようと思います。断るのは、いつでもできますし」

「えらい! それでこそ私の可愛い後輩だ!」


 私が少し勇気を出すと、香葡先輩はことさら柔らかく笑った。

 まるで子供を相手にするようなあからさまな褒め言葉も、先輩に言われると純粋に嬉しくて。

 この人の笑顔のために、頑張ってみようと思えた。

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