1-5 疑惑と真相

 森秋さんと別れた私は、今見聞きしたことを香葡かほ先輩に伝えるべく、オカルト研究会の部室へと向かった。 

 校庭の方から聞こえてくる運動部の活気ある声を流しながら、花壇の道を本校舎沿いに歩いて。

 そうして隣にある部室棟の方へと差し掛かった時だった。


「あ、カンちゃんだ! おーい!」


 不意に後方、本校舎の辺りから呼ぶ声が飛んできた。

 厄介なのに見つかったと、私の体は思わず固くなる。


「おーい、おーい! カンちゃーん! カンカーン! かんかんな〜!」

「変な呼び方しないで。というか、せめて一つに絞りなよ」


 無視しようかと思ったけれど、そうも大声で呼びつけられては反応せずにいられなかった。

 振り返ってみれば、本校舎の窓から身を乗り出してこちらに手を振る、見覚えのある姿が一人あった。


「すぐそっち行くから待っててよぉー!」


 私のクレームなどどこ吹く風。そう叫ぶとすぐに窓から引っ込んで、近くにあった通用口からトタトタと駆け出してくる。


「こんなところで会うなんて奇遇だねぇ! カンちゃん!」


 私のすぐそばまで急接近してきて、そう馴れ馴れしく笑みを浮かべたのは、クラスメイトの春日部かすかべ 苺花いちか

 私立の女子校ということもあって、比較的落ち着いた生徒が多い中で珍しい、突き抜けて陽気でいわゆるギャルっぽい女子だ。


 誤魔化すつもりのない染髪は、金髪まではいかずともかなり明るい茶髪。

 前髪を大胆に剥き出しにしたスタイルのショートヘアは、彼女の溌剌さと派手さをよく表している。

 いつも化粧はかなりガチガチに決めてきているし、制服の着崩しも厭わない。


 なかなかの問題児だけれど、これでかなり社交人で交友関係はかなり広い。

 私なんかにこうも馴れ馴れしく声をかけてくるのも、そういう性格故。

 去年も同じクラスで、その時から彼女は、教室で一人静かにしている私に唯一話しかけてくる存在だった。


「なーにしてんの? いつもならすぐ部活に行ってるとこっしょ?」

「私は、別に……。春日部さんこそ、部活入ってなかったでしょ? こんな時間まで何してたの?」

「もー! いい加減苺花って呼んでよぉ〜」


 ぐいぐいとくる春日部さんに溜息をつきつつ返すと、ぶーとあからさまに不服そうな表情をされる。

 構ってあげてるのになぜ文句を言われる。


「えっとね、アタシは友達とお喋りしてただけ〜。気が付いたら結構経っちゃってて、そろそろ帰んなきゃーって思ってたとこ」


 しかし全然気にしてはいないようで、春日部さんはケロッと笑みを浮かべて言った。


「そんで、カンちゃんは? さっきそこで林檎っち見かけたけど、もしかして一緒だったの?」

「…………」


 妙なところで鋭い。

 私には到底理解できない視野の広さは、友達の多さに付随するものなんだろうか。

 私が思わずに無言になると、春日部さんはそれを肯定と受け取った。


「カンちゃんと林檎っちが仲良しって話は聞いたことないし……もしかして、相談事?」

「まぁ、そんなとこ」


 またもや勘の良さを発揮され、私は面倒臭くなって頷いた。

 そんな私のおざなりな対応など気にせず、春日部さんはぱぁっと顔を輝かせる。


「じゃ、また活動するようにしたんだ!? 最近しばらく、何にもしてなかったよね!?」

「再開っていうか、まぁ……今回は流れで。乗りかかった船、というか」


 そうもにょもにょと答える私をよそに、春日部さんは一人テンション高くキャッキャとはしゃいでいる。

 ガールズ・ドロップ・シンドロームは基本的に、ただのたわいもない噂や都市伝説だと思われている。

 だからそのトラブル自体もそう表沙汰にはならないし、そこに関わる私たちの活動も人には知られていない。


 春日部さんは、こうぐいぐいと絡んでくる性格のせいで、前に一度活動に少し関わったことがあって。

 ガールズ・ドロップ・シンドロームの実在を知り、そして私が何をしているのか知っている数少ない人の一人だ。


「そっかぁ、林檎っちってば、今恋で悩んでるんだね。あ、でも詳しく話さなくていいよ。守秘義務、あるもんね!」

「まぁうん。話すつもりはないよ」


 わかってる風にドヤ顔をする春日部さんに、私はまた溜息をつく。

 色んな人と仲が良いのは結構なことだけど、別に私とも仲良くしようとしなくていいのに。


「まぁでも、色々考えちゃうなぁ。あの妹ラブなお姉さんは、妹の恋愛をどう思ってのかーとか!」

「春日部さん、森秋さんのお姉さんのこと知ってるの?」

「知ってるっていうか、まぁ有名だしね。弓道部の主将としてはもちろん、妹の溺愛っぷりも」


 春日部さん自信が弓道に興味ありそうには見えないけれど、でもそんな彼女の耳にも入るくらい、お姉さんは優秀で有名だということか。

 そこまでの知名度があればプライベートな情報も流れるだろうし、森秋さんの言った通りシスコンなのは間違いなさそうだ。


「毎日二人で仲良く下校してるよ。もう誰も邪魔できないってくらいベッタリねぇ。林檎っち自身お姉ちゃん子っぽいし、他に叶わぬ恋をしてるってのは意外だなぁ」

「ちょっと待って。今なんて言った?」


 一人楽しそうにペラペラと喋る春日部さん。

 そんな言葉に私は引っかかった。


「え? 『他に叶わぬ恋をしてるって意外』……?」

「ちがう、その前」

「『林檎っち自身お姉ちゃん子っぽいし』……」

「もうちょっと戻って」


 そんなありがちなやり取りをしつつ、春日部さんはハッと理解した。


「『毎日二人で仲良く下校してるよ。もう誰も邪魔できないってくらいベッタリねぇ』だ!」

「それ。いつも二人で帰ってるの?」

「だと思う、けど?」

「それって何ヶ月か前の話じゃなくて? 最近は?」

「最近もだと思うよ。何日か前にも見かけたし、アタシ。こうぎゅーって手繋いで、仲良さそうにね」


 そう言って、春日部さんは自分の両手を指を絡めて合わせて見せる。

 俗にいう恋人繋ぎ。最近ギクシャクしている姉妹がするとは、到底思えない。


 どういうこと? 何が起こっているんだろう。

 お姉さんに避けられているというのは、まさか嘘?

 でもそんな嘘つく意味がわからないし、そんな風にも見えなかった。

 考えられる可能性は……。


「カンちゃーん。おーい。どったのぉ?」


 一人考え込む私の顔をぐっと覗き込んでくる春日部さん。

 近い。距離の詰め方が私の理解を超えている。


「ちょっと気になることがあって……」


 今一人でごちゃごちゃ考えても、私には答えが出せないと思う。

 ただ、お姉さんとの関係が嘘だったとなると、もう一つ気になることが出てくる。

 それを確かめるのに、目の前のこの図々しいギャルはうってつけだった。


「ねぇ春日部さん。一つ聞きたいこと、というか調べて欲しいことがあるんだけど」


 私が前振りなく頼み事を口にすると、春日部さんはニコッと楽しそうに笑って、任せとけと一つ返事で胸を叩く。


「ごめん、手間かけるけど」

「なーに気にしない。アタシたち、ずっと友達でしょ?」


 そもそも友達とは言えないのに、これからもずっとと言われても挨拶に困る。

 別に友達じゃ、と反論する私に、けれど春日部さんはニカッと笑った。




 ────────────




「なるほどぉ。大体状況は理解したよ。ご苦労様、柑夏かんなちゃん」


 部室に戻って見聞きしたことを伝えると、香葡先輩はそう言って私の頭を優しく撫でてくれた。

 いつものようにその膝枕に頭を預ける私は、しかしそのご褒美をじっくり味わうことができなかった。


「どうしたぁ? その嘘とやら、気になんの?」

「まぁどうしても、無視はできないと……」

「そっかそっか」


 私のことを穏やかな微笑みで見下ろしながら、香葡先輩は小さく頷く。


「柑夏ちゃんはどうしたい? その林檎ちゃんのこと、助けたい? それとも助けたくない?」

「それは……今は、わかりません」

「じゃあ、嘘は抜きにして。最初話を聞いた時はどう思ったの?」

「その時は……私にできるのなら、助けられたら、とは……」


 私が迷いつつ答えると、香葡先輩はそっかそっかと私の前髪をサラサラと撫でつける。

 額に触れる先輩の柔らかな指先が、こそばゆくも心地いい。


「確かに私も、その事情を聞けば能力を消してあげるのがベストだとは思ったね。因みに、恋心のことはちゃんと伝えた? それについてはなんて?」

「伝えました。戸惑っていて、ちゃんと返事は聞けませんでしたが、嫌だとは言いませんでした」

「なるほどねぇ……」


 能力を消す時、その原因となる恋心もまた消える。

 そう伝えた時の森秋さんは、とても寂しそうな顔をしていた。

 それでも嫌だとか困るとか、そういった文句は口にしなくて。

 それをただ肯定ととるのは、早計なんだろうか。

 私にはその辺りの機微はわからない。


「追い詰められて、覚悟が決まってる。話だけならそう判断してもいいけど、確かに嘘が気になるね。信用ならないから力にならないって、そう断るのも現実的な選択だと、私は思うよ?」

「それは……」


 わからない。どうすればいいのか、私には。

 他人の事情に立ち入るのはただでさえ面倒なのに、どうしてこうも振り回されているんだろう。

 そんな相談なんて蹴ってしまえと、香葡先輩がそう言ってくれさえすれば楽なのに。


 目を閉じて、ただ香葡先輩の温もりを感じながら考える。

 果たして私はどうするべきなのか。

 そんな時、私のスマホがメッセージの着信を知らせた。


 見てみれば、春日部さんからの報告だった。

 私がさっき聞いたことに、もう調べがついたらしい。


「なるほどねん。じゃあつまり、こんなところかな」


 私が結果を伝えると、香葡先輩は事のあらましの予測を口にした。

 はじめの話からは、大分印象の変わった状況になってくる。

 今回のことに私はどうするべきなのか。尚更悩む私の頭を、香葡先輩は優しく撫でた。


「明日、もう一度話してみたら? その上でするべきと思ったことを、柑夏ちゃんが決めていいよ」


 その後また相談して、香葡先輩に決めて欲しい。

 でも私は、頷いた。

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