虎将の義子(四)

「おまえはどう思っているか知らんがな、子怜」


 話はもどって養い子の婚礼翌日、伯英はあらためて子怜の顔をのぞきこんだ。


「おれは、おまえが役に立つから養子にしたわけじゃないぞ」


 真面目な顔で真面目な話をもちかけた伯英だったが、当の本人にはあまり響いていないようだった。いつものように「へえ」と気のない相槌をよこし、子怜は手の中の碁石をゆする。


「だからなに」

「だから、おまえが王家軍うちのために無理することはないって言ってるんだ」

「無理なんてしてないよ」

「えらく年上の嫁さんもらうことになってもか。下手すりゃ母親くらい離れてるだろ」


 なんだ、と子怜は黒石を床に置く。養父の真面目な話より、床に広げた黒白の陣のほうに気がいっていることは明らかだった。


「そんなこと」

「そんなことってことはないだろう。一生の問題だぞ。そもそも夫婦ってもんは……」


 始めたばかりの説教を、伯英は早々にあきらめた。この養い子に月並みの説教が通じないことは、嫌というほど知っている。


「で、どうだったんだ。会ってみて」


 戯れに床に並んだ白石を動かすと、子怜が無言で顔をあげた。邪魔をするなということだろうか。目元が不機嫌そうに曇っている。


「今回の件だけどな、いまから白紙にもどしたっていいんだぞ。向こうも向こうで勘違いしていたようだしな」

「じゃあなんで昨日とめなかったの」

「婚礼の当日でとめられるか。花嫁の体面を考えろ」


 懲りずに伯英がまた石を動かすと、今度こそはっきりと子怜は養父をにらみつけてきた。


「盤もってくる」


 そちらがる気なら受けてたつ、とばかりに腰を浮かせた養い子を、「まあ待て」と伯英は引き止めた。


「ただ、白紙にもどすにしてもだな、先におまえの気持ちを確認しておかにゃならんだろ」


 手違いだろうと勘違いだろうと、ひとたび繋がった縁は縁だ。当人以外の思惑で、勝手に断ち切るわけにもいかないだろう。


「顔合わせて話くらいしたんだろ。どうだったんだよ、実際。少しは気が合いそうだったか?」

「……べつに」


 ふいと視線をそらし、子怜は床に石を並べなおす。


「いいよ。このままで」


 これはまた、と伯英は驚いた。こだわりがないようで、そのじつ嫌なことは嫌だとはっきり口にする性格の養い子である。その子怜が、まがりなりにも「好し」と言った。これはなかなかどうして、先が期待できそうではないか。


「それならよかった。おまえがいいならそれに越したことはないな。まあ女房は年上のほうがいいとも聞くし、おまえにはむしろ上すぎるくらいが……」

「伯英」


 つと子怜が目をあげた。見慣れているはずの美貌だが、それでもその目を向けられるたび、身構えてしまう自分がいる。胸の奥底まで見透すような、そんな眼差しを向けられると。


「伯英が行ったら?」

「……ああ?」

「そんなに気になるなら伯英が行けばいいよ。今夜、あのひとのところへ。向こうもそのほうがいいんじゃない」


 やっぱり盤もってくる、と立ち上がりかけた子怜の腕を、伯英はつかんで引き寄せ、脳天に拳骨を落とした。月並みの説教が通じない養い子には、結局この手がいちばん有効なのだった。


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