第51話 エレンフェのもとへ

【前回までのあらすじ】


リフリ村のレベドルはリジとライスに国から出たほうがいいと進言する。それは強力な結界による思いもよらない作用があったからだ。時間経過のズレだった。またそれにより自分たちが国から出ることが出来ない事実を告げる。

◇◇◇


【本編】


―リフリ村—


 『牢獄の魔道具』から解放された地の精霊はアシリアの顔をかすめ飛んで行く。


 「何てことを.. 魔道具がなければ、もう私たちには対抗する手だてがない」


 魔道具だけを頼りにしていただけに、一途の望みを絶たれてしまったレベドルは何とも哀れで小さく見えた。


 「ふん、安心しろ。私が他の魔道具も壊してやる」


 そう吐き捨てるとアシリアは姿を消した。


 膝を折るレベドルに声を掛けようとするライスをリジは引き留めた。


 「ライス、魔道具はあって良いものじゃないよ。アシリアは正しいことをした」


 「でも.. うん、わかった」


 「終わったか?」


 いつの間にかギガウがベッドから身を起こしていた。


 「ギガウ! 気が付いたのね」


 「 ..ああ」


 ギガウは地の精霊に愛されるチャカス族の男。植物系の麻酔や毒は精霊フラカにより中和されてしまう。


 つまりギガウはわざと捕まったのだ。この地に精霊がいないことは、いち早くギガウも気が付いていた。それなのにこの森には精霊の縄張りが敷かれている。つまり牢獄の魔道具を使う者がいるということだ。


 自分が地の精霊により抵抗すれば、相手は牢獄の魔道具で精霊を酷使するであろう。そう考えたギガウは戦闘を避け、捕まることで内情を知る選択をしたのだ。


 屋敷を出ていくライスたちにレベドルは追っ手を出さなかった。『牢獄の魔道具』を無くした自分たちに残された選択は、アシリアの言葉を信じることのみだったからだ。


 『全ての牢獄の魔道具を破壊する』それこそがレベドルが願うことでもあったからだった。



 平穏なリフリ村を見ながらギガウは言った。


 「この村は平和で良い村だ」


 両の手を地に付けると、ギガウから白色の網の目が四方へ広がっていく。村周辺に縄張りを張ったのだ。


 「これで、あの村が襲われる心配はないだろう」


 「ギガウ、まったく、あなたは甘すぎる」


 「そうだろうか?」


 「そうよ」


 いつものように厳しい言葉を言うアシリアだが、彼女の心もまたギガウに救われているのだ。



 「アシリア、この先どうする?」


 ライスは答えをわかりながらもアシリアに尋ねた。


 「決まってるわ。エレンフェに直接話を聞くわ」


 「しかし、アシリア、この国はあまりに森が深い。リキルスの中央ラテドニオがどこにあるか見当すらつかないぞ」


 「じゃ、あのレベドルさんを連れて来て案内してもらったら?」


 「ダメよ、ライス。あいつは信用できないもん。もしかしたら罠にはめられるかもしれないじゃない」


 「あ、あの.. わかるよ」


 みんながあれこれと意見を出し合うなか、今まで黙っていたスレイが声をだした。


 「でしょ、スレイ。レベドルは信用ならないよね」



 「いや、その.. 違くて、僕、そのラテドニオの場所がわかる」



 「「 ..え、ええー!!」」


 リジとライスはほぼ同時に驚きの声をあげた。


 「どういうこと、スレイ? あなた、リキルス国に来たことあるの? そういえば、ここの森がどうとか言っていたわよね」


 「あ、いや、初めてだよ。でも、エレンフェさんてアシリアのお姉さんでしょ? 僕の鼻がかすかにアシリアに似た匂いをとらえたんだ」


 「驚いた! オレブラン(獣人)の嗅覚ってすごいのね」


 「はは、まぁね。でも、アシリアの匂いってとってもいい花の香りがするんだ。だから凄くとらえやすいんだよ」


 「わかる! だよね! アシリアはとっても優しい良い香りがするんだよね」


 ライスがスレイの手を握って喜んでいた。


 「ひ、ひとの匂いで勝手に盛り上がらないでくれ。 スレイ、わかるなら案内してもらえる?」


 めずらしくアシリアは顔を赤くしていた。


 「うん、こっちだよ」


 スレイの案内に何の不安もなかった。スレイはその卓越した嗅覚、聴覚、方向感覚であの広いラック砂漠を迷うことなくマガラと港町ケロットを行き来してきた運び屋だからだ。


 スレイはラテドニオまではそれほど遠い場所ではないと言っていた。しかし、幾つもの森を抜けても一向に辿り着くことが出来なかった。


 「スレイ、あなたの能力を疑うわけではないけど、迷ってはないよね」


 リジがスレイに単刀直入に質問した。


 「リジさん、はっきり言うけど僕は迷っていない。100%この方向であっているよ。ただ、妙なんだ。ラテドニオに近づくと、また離されてしまうような気がするんだ。決して遠くない場所なのに」

 

 「ギガウ、これって地の精霊の縄張りかな」


 「いや、ライス、ここには縄張りは張られていない。それよりも魔法ではないのか?」


 「それはないよ。ロスさんの魔法の書には空間を操る魔法は精霊の力だけでは不可能だと書いてあったもん。もしそれができる者がいるなら、大魔術師リベイル級の魔法を使う存在だよ」


 その時、スレイがとっさに上を見た。


 「みんな! あぶ——」


 暗くなった空を二つに割るほどの凄まじい一閃が衝撃音と共に降ってきた。


***

—リキルス国 ラテドニオ—


 リキルス国の中央集落ラテドニオ。そこはレベドルの村同様に農作物が広がる地だ。他国と国交を持たないリキルスはどこまでも自給自足なのだ。


 しかし、中央には深蒼石で作られた五つの塔に囲まれる城があった。


 「エレンフェ様、いかがいたしましたか?」


 「ミーア、呼びつけてしまい申し訳ございません。実は、侵入者のようです。これは.. 精霊。 しかもかなり強力な精霊です」


 「精霊? 精霊が迷い込んだというのですか?」


 「いいえ、それだけではないようです。おそらくその精霊の近くに..」


 「わかりました。このミーアが調べて参りましょう」


 「ミーア、ひとつお願いがあるのです。それは—」


 「正気ですか?」


 エレンフェは深くうなずいた。


 「あなただからこそ頼めることです。頼みましたよ」


 「かしこまりました」


 ミーアは斜光の塔に戻ると最上階に保管された赤い宝石の指輪をはめた。

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