第47話 リキルスの白い使者

【前話までのあらすじ】


いよいよリキルス国への冒険が始まった。リキルス国への道は海の中。海中へ案内してくれる式神パウダーの召喚に成功したライスは仲間と共に、パウダーの背中に跨った。

◇◇◇


【本編】


 「いいか? 海の中では闘いを回避するんだ」


 「うん、私たちには素早いパウダーがいるもんね」


 海の中ではギガウが言うように魔獣がでたとしても逃げることを最優先にした。今まで経験したことない水中という環境、何より水中はライスの炎、リジの風、アシリアの弓が役に立ちそうもないことが想像できたからだ。


 4匹のパウダーにはライス、リジ、ギガウ、そしてスレイとアシリアの組み合わせで乗った。


 「スレイ、アシリアを頼んだぞ」


 そんなギガウの言葉に、いつものアシリアなら『余計なお世話だ』と冷たい言葉を返すだろうが、アシリアはパウダーの背中で緊張の中、口を閉ざしていた。


 「さぁアシリア、行こう。エレンフェが待っているよ」


 エレンフェの名を聞くとアシリアの目に力が戻った。


 ギガウの掛け声でパウダーは一気に海の中に潜った。



—『まどろむ聖女』の腕に沿って海に潜って行くのだ。そしてその聖女の指さす先にある純白の砂浜を目指すのだ—



 アアルクの言葉通り、聖女の腕に沿って海中を進む。突然目の前に桃色の花が咲き乱れた。いや、それは桃色の体に白糸のような背びれと鮮やかな黄色い尾ひれを揺らす魚群だった。強い潮の流れに向かうその姿はまるで風に舞う花びらのようであった。


 思わず口元が緩んでしまう光景だ。


 アシリアを見ると彼女の美しい髪が輝きながらたなびいている。髪にじゃれあうように小魚たちが遊んでいる。アシリアも野花を想い出し、緊張の色が消えたようであった。


 花畑を抜けると、今度は透明な何かが前を横切った。よく見るとそれは両腕を広げても届かないくらいの巨大な魚の群れだった。彼らは尾ひれを動かすたびその体色を翠から青、そして白くなり透明に変化するのだ。まるで光にゆらめくカーテンのようであった。


 その幻想的な光景に皆が心を奪われていた。


 やがて聖女の指先まで潜り進んだが、長い指が示す先に純白の砂浜など見当たらなかった。


 (まさか、もっと、もっと深い場所にあるのだろうか?)


 ライスはそう思った。


 しかし、その暗い闇に目を凝らすと、何かが煌めいた。


 星だ。


 夜空に光る満天の星々が海の中に見えるのだ。


 パウダーに乗るライスたちが近づくと、星は流星となって動き出した。星の正体はエイだった。白い砂地を幾百というエイが覆い隠していたのだ。彼らは活動を始めると背中にある菱形の紋を煌めかせるのだった。


 エイが飛び去ったあとには広大な純白の砂地が姿を現した。


 この海は奇跡と呼べるほどの透明な海だ。太陽の光を阻むものはなく、ライスたちの影が白い砂地にくっきりと映し出されるほどであった。そして純白の砂に反射する太陽の光がライスたちを包み込み、冷たくなった体を温めてくれた。


—海の中の音を探すのだ。聖女がそれを持っている。音を見つけた時、リキルスの使者がやって来よう。だが、拒むな。生と死の全てを受け入れるのだ—



 ライスたちはパウダーの背中から砂地に降りてみた。浮力で身体が安定しない。潮の流れに負けてしまうのだ。


 地底を認識したギガウが両手をつけると、地の精霊の力で重力を強めた。


 砂地は明るく遠くまで見渡せたが聖女の姿を確認することはできなかった。それぞれが広がって捜索を開始しようとした時だった。


 大量の砂が舞い上がると、鋭く大きなハサミがスレイに向かって振り降ろされた。


 —グボンッ!


 気配を察知したパウダーがスレイをかばうと、真っ二つに引き裂かれてしまった。海中にバラバラになった式紙が潮に流されていった。


 それは砂地の狩人、巨大なトバリガニの怪物だった。


 トバリガニはその突き出た目で常に獲物をうかがっている。今も奴はどの獲物が一番捕獲しやすいか観察していたのだ。普通のカニではない。その目は白目を持ち合わせた人間の瞳のようであった。


 口の鰓脚を細かく震わせながら、巨大で何でも砕くハサミと、鋭く何でも切るハサミを打ち鳴らし威嚇する。恐怖を与えて楽しんでいるのだ。


 トバリガニは地底を蹴ると大きく水中に舞いあがりリジに狙いを定めた。リジはかろうじて聖剣でハサミをいなしたが、その威力に弾き飛ばされてしまった。すかさず2撃目の鋭いハサミがリジの胸を貫こうとする。


 ギガウが両手を地に付けると、砂地から岩が突き出しリジの盾となった。


 トバリガニは突然目の前に現れた岩に目を白黒させ驚きたじろいだ。


 その時、リジは水を見ていた。いや、目を凝らしながらリジが見ていたのは、岩が突き出した際、地中から湧き出た細かい気泡だった。


 リジはギガウに向かって何かを訴えている。しかし話が出来ない今、身振り手振りで表現するしかない。


 岩を指さし、水中の何かを指さす.. 今度は手の平を揺らし、ふらついてみせる。 そしてギガウの真似をして両手を地に着けた。


 ギガウは首を傾げてしまった。まったく伝わっているようには見えない。


 リジが何を言っているのか理解したのはライスだった。ライスは砂地に文字を書いた。


 『地面を揺らしてって言ってるよ』


 ギガウが意味を飲み込み大きく頷いた。


 地に手を付けるとギガウのタトゥが赤く輝き、その文字が宙に浮かぶと呪文となった。


 地面が激しく揺れ、水中に岩がこすれるゴロゴロという音が響き渡る。


 すると細かい気泡が砂地から噴出する。ひとつひとつは細かくても、水中を白くして視界を遮るほどの量だ。


 聖剣「空の羽」を天にかざすリジ。


 気泡がリジの目の前で集まると巨大な泡となった。その巨大な泡は超圧縮されると聖剣にまとわれた。


 リジと目を合わせたライスは心のうちに唱えた。


 [ —ハリュフレシオ— ]


 リジの聖剣は薄い炎に包まれた。



 様子を観察するトバリガニだったが、思考があるが故に捕獲を失敗したリジに再び向かっていく。そう、奴はムキになったのだ。


 トバリガニは再び地底を蹴ると、上からリジにハサミを叩きつけようとした。



 リジは上から勢いよく振って来る巨大な鉄槌のようなハサミに聖剣を突きたてた。


 圧縮空気に打ち出される聖剣はハサミを粉々に打ち砕いた。そしてハサミを失った傷口から炎が体内に流れ込んでいく。



 体内で激しく燃える炎に悶えるトバリガニは茹でたカニのように真っ赤になった。


 [ —ゼロ— ]


 ライスが唱えると、トバリガニの体は膨張に耐え切れず木っ端みじんに爆発した。


 水中であってもその威力は大きく、全員、大きく吹き飛ばされた。


 ライスも2,3回砂地に転がった。


 吹き上がった砂が晴れると、えぐれた砂地から聖女が姿を現した。


 椅子に座る聖女は手に持った竪琴を奏でているようだった。


 その姿はどことなくアシリアに似ている。ハスの花びらのような耳を持つ聖女はエルフに間違いなかった。


 アシリアは近づき聖女の持つ竪琴を指でつま弾いた。


 ——ティーン


 澄んだ音が空気よりも密度の濃い水の中に響き広がっていく。


 突然、辺りが何かの影に包まれ暗くなった。頭上を見上げると巨大な生物が太陽を遮っていた。大きな生物は頭上を横切ると、身をひるがえし戻って来た。


 それは金色の瞳を持つ白鯨だった。


 剣を抜こうとするリジをアシリアがいさめた。



 そう、この白鯨がリキルスの使者なのだ。決して拒んではいけない。生と死の全てを受け入れなければならないのだ。



 ライス、リジ、アシリア、ギガウ、スレイは覚悟を決める。



 白い巨大な顎が5人を吞み込んだ。

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