6章 水の国リキルス
第46話 海に導く者
【前話までのあらすじ】
アアルクは自分がレミンと再会した時の詳細を話してくれた。アアルクはライスに願うのだった。『リキルス国にてレイサル編みのお守りを見つけてほしい。それがレミンの心を癒し、優しく気高き心を戻してくれるものなのだ』アアルクは王家に伝わるリキルス国への行き方を教えてくれた。
【本編】
「アシリア、大丈夫?」
「私は、大丈夫だ。このキャカの枝が私を森と結び付けてくれる。まったく不思議なものだ。見てみろ、私だけでなくあのギガウまで」
王国キャスリンまでの船旅で最悪な船酔いをしていたギガウまでが、揺れなどないかのように仁王立ちに海を見つめていた。
みんな口にキャカの枝をしっかりと咥えていた。
「船頭さん、ここからどれくらいかかるの?」
「なぁに、聖女さんのところまでそんなにかかりゃしないさぁ」
——水の国リキルスはその名の通り水の中の国だ。まずは西の海岸にある蝋燭岩から真っすぐ西へ行くと『まどろむ聖女』と言われる大きな岩がある。そこを目指すのだ——
「船頭さん、『まどろむ聖女』ってどんな岩か知ってるの?」
「はっはっは。ライスさん、そんなのあたりまえさぁ。この辺りの漁師の守り神だからねぇ。ほら、もう見えてきたよぉ」
『まどろむ聖女』に近づくにつれ船を操舵する漁師さんの顔が険しくなる。
「あんたたち、悪い事は言わない。今日はやめた方がいいよぉ」
「どうして?」
「ほら、この潮の流れ、海面見るだけでも川のように流れているよぉ」
確かに船さえ真っすぐに進むのが困難で弧を描きながら岩に近づいていた。
「 ..ううん。私たちは行くよ。おじさん、心配してくれて、ありがとう。船を岩に近づけて」
近くで見る『まどろむ聖女』は本当に長い髪の聖女が水辺で寝そべっているようだった。太古の大きな聖女像が倒れたものではないかというアアルクの話が真実味を帯びはじめた。
「よっ!」
ライスは軽やかに聖女の肩の部分に飛び乗った。
「うわぁあ!」 —バシッ
足を滑らすリジの手をライスはしっかりと握った。
「ありがとう、ライス」
全員が肩に飛び移ると、船頭は『気を付けてなぁ』と手を振りながら去って行った。
「見てよ、ライス。この肩から伸びる腕、そのまま海の底まで続いているみたいだよ」
「うん、そうだね。きっと、これが私たちを導く手なんだ」
「 ..ねぇ、ライス、やっぱりこの流れはまずくない? 」
海面が一部渦を巻いているようにも見えた。それを見ながらリジが不安を口にした。
「それについては私に考えがあるんだ」
そう言いながらライスはカバンからルシャラの式紙を取り出すと、息を吹きかけた。
「呼んだか— わわっ! ライス、変な所で私を呼び出すな!」
不安定な岩場に足をとられたルシャラが文句を言った。
「ルシャラ先生、先生はこの海というものを知っていますか?」
「当然だ。私たち式神使いは海の魔獣とも戦ったことあるからな。それにな、男どもは私の水着姿に目を奪われていたもんだ」
ルシャラは少し自慢げに鼻孔を広げながら話した。
「そんなことより、先生、私たちここの水底まで潜る必要があるんです。私たちを手伝ってくれる何か召喚してもらえないですか?」
『そんなことより』と軽く流されてしまったことに少し不満をもったルシャラだったが、少し思慮すると答えてくれた。
「そうだな.. 出来なくはないのだが.. 私の魔力はもうそれほど強くはないのだよ」
ルシャラの魔力が無くなるということは式紙に込められたロス・ルーラの魔力も消えてしまうということ。当然、ルシャラ自身も消えてしまう。それはライスには悲しいことだ。
浮かない顔をするライスを見て、ルシャラはその気持ちを理解した。
「あ、そうだ! 先生、1匹だけここに召喚してよ。それを見て私がまねすればいいんだ。私の式神として召喚すればいい」
ルシャラは懐から式紙を取り出すと息を吹きかけ海に投げ入れた。
式紙が水に濡れやがて沈んでいく。
「先生.. 失敗?」
「大丈夫だ、そろそろやって来る」
水底まで伸びる聖女の腕を旋回しながら何かが浮上してきた。海面が大きく盛り上がると、そいつはその愛嬌のある顔を持ち上げた。黒い体にところどころ白い模様の入った大きな海獣。器用に胸までだして立ち泳ぎしながら、ギザギザな歯を見せて—キュッキュッと笑っていた。
「こいつの名はパウダーという海獣だ。とても頭が良い奴らさ。ライス、一緒に潜ってこいつらを知ってこい」
ルシャラはライスの口にキャカの枝を押し込むと、無造作に海の中に落とした。
初めての海にライスが慌てて手足をばたつかせていると、下からパウダーがライスの体を掬い上げた。ライスはパウダーの背中に跨る状態になっていた。そしてパウダーの背びれには、おあつらえ向きに手でつかみやすいような穴が開いているのである。
「ライス、一度お前がその背びれを掴めば、心が通じ合う。そいつは絶対にお前を見捨てることはない。どこまでもお前の望み通りに進んでくれる」
ライスはパウダーの背びれを掴むと、頭の中にどこまでも伸びる水平線が浮かび上がった。
[ —よしっ、私を海の中に連れて行って!]
パウダーは海面で2回ほど大きく旋回すると、その大きな体を海中に押し入れた。
—しっかりね....ボボボボ
ライスの耳からリジの声援がぼやけていくと目の前に青い世界が広がった。
[ —すごい。これが海の中なんだ— ]
心のつぶやきがそのまま声として聞こえてくるようだ。キャカの枝から送られる空気を吸う音、海中の静けさ、自分の胸の高鳴りがはっきりと聞こえてくる。
[ —ブォー ブォー キュッ キュッ キルキルキル— ]
パウダーがライスのつぶやきに応えてくれた。
・・・・・・
・・
数分後、再び姿を現したライスは大興奮だった。
「すっごい! すごい! すごい!」
「すごいのはわかったよ! ライス、海の中は大丈夫だったの?」
「うん! このキャカの枝を咥えてれば地上と変わらないほど息が出来るよ。それにパウダーが私の願い通りにどこまでも連れて行ってくれる」
その言葉を聞くとリジ、アシリア、ギガウ、そして一番緊張しているスレイの不安も少し解消した。
「さぁ、ライス。このパウダーを参考に式神を召喚してみろ」
「はい!」
ライスはカバンから式紙を4枚とりだし、息を吹きかけて海に落とした。
式紙は海の中に沈んでいく。
しばらくすると4匹のパウダーが海から飛び出し空中に弧を描いた。
「な、なんか魔獣化していないか!?」
めずらしくアシリアが慄いている。
確かに一見パウダーに似ているが、口から厳つい剣のような牙が飛び出していた。
「ほぉ、上出来だ。やはり式神はこうでなくちゃだな。じゃあ、また困ったことがあれば呼ぶがいい。しっかりな、ライス」
ルシャラは式紙に戻ると自らライスのカバンの中に戻っていった。
「さぁ、行こうか!」
その言葉に海面に立ち上がったパウダーたちが—グッ グッ グッと声をあげながらヒレを叩くのであった。
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