3.

 スポーツタオルを首にかけ、一度体育館を出た。風に当たって、この息苦しい気持ちを鎮めよう。


 ワァワァと歓声が飛び交う体育館に背を向けて、少しの間、外の階段に腰をおろしていた。


「……朝比奈」


 程なくして、一人の男子に声を掛けられた。振り返ると、同じクラスの八城やしろ英明ひであきが、体育館を出てすぐのところに立っていた。


 返事もせずにまた前を向く。八城がこちらに近付き、深緋の隣りに腰を下ろした。


「さっきの試合、スゲー良かったよ。朝比奈、大活躍だったじゃん」

「……それはどーも」


 スポーツタオルを口元に当てて、そこに嘆息を吸い込ませる。


「朝比奈は相変わらずクールだよな。ミステリアスって言うか。まぁ、そこが他の女子と違って良いとこなんだけど」


 隣りの八城を見ずに、ただひたすら前方の景色を見つめていた。

 グラウンドに降りる階段が右手下方に続き、階段の手すりの向こうには校舎が建っている。


「あの、俺さ。朝比奈のこと……好きなんだ。……それで。良かったら、付き合ってくれない?」


 勇気を振り絞って告げたひと言なのか、八城の声は若干震えていた。


 そこで隣りの彼をジッと見つめ、一瞬だけ身勝手な考えを巡らせる。


 白翔の血のように、若い男の血が新鮮で美味しいというのなら。この子の血も美味しいはずだ。試してみるか?


 顔を赤らめる彼を見て、即座にその考えを打ち消した。


 深緋は抑揚なく「ごめん」と呟いた。


「私そういうの興味ないから」


 正直、付き合いたいとか、そういう感情はよく分からない。ペットにするという感覚の方がよほどピンとくる。


「……白翔とは仲良いのに??」


 真剣な八城の瞳を見て、首を傾げた。


「言ってる意味が、よく分からないんだけど」

「っあ。そうだよな。ごめん、忘れて」


 八城は急に俯き、慌てて立ち上がると、また体育館へと戻って行った。


 確かに、この学校で唯一仲が良いと言えるのは白翔に違いないが。それは『ご近所さんだから』と『向こうがやたら好意的に話しかけてくるから』だ。


 たまたま近所に住んでいるから、通学路が重なって電車の中で少ししゃべる程度なのだ。


 クラスは同じだけど、学校では極力話しかけないでほしいと言ってあるし、白翔もそれを了承してくれている。


 よく、分からない……。


 胸の奥がギュウッと痛くなって、モヤモヤして、気分が優れない。


 それでも頬に当たる風に少しの癒しを感じて、深緋もまた体育館へ戻った。


 *


 え。なんで……??


 体操服から制服に着替え終えたところで、置いたはずのペンダントが無くなっているのに気がついた。


 ロッカーの中身を全て出し、隅々まで確認するが、楕円形のあのロケットペンダントは何処にも見当たらない。


 おかしい、確かにここに置いたはず。


 深緋は深緋らしくもなく、珍しく取り乱していた。


「深緋ちゃん、どうしたの?」


 異変に気付いたミカとモモコが、深緋を見てキョトンとする。


「……ううん、何でもない」


 彼女たちを見て、平静を装った。首を横に振り、体操服と体育館シューズをひとつの手提げにまとめた。


 どうしよう。見つけなきゃいけないのに、何処から探せば良いのか見当もつかない。あれはお母さんの形見なのに……。


「そう言えばさぁ、さっき体育館倉庫の中で誰かのペンダント見たけど。落とし物入れに届けた方が良いのかな〜?」

「ハハッ、別に良いんじゃん? どうでも」

「だよね〜。てか、学校にそんなもの持ってくるなだし」


 わざとらしく嫌な笑い声を上げ、深緋の目の前を尾之上グループが通り過ぎていく。


 なるほど。盗まれたわけか。事の次第を把握し、嘆息がもれた。


 体育館倉庫に有ると言うのならそれでいい。もしも嘘だとして見つからなかった場合は、直接本人に確かめるまでだ。


「ごめん。私、体育館に忘れ物したから……ちょっと取りに行くね?」

「え、一緒に行こうか?」


 本気で心配する二人だが、正直巻き込みたくない。ちゃんと有るかどうかも分からない上に、すぐに見つからなければ次の授業に遅れてしまう。


 深緋は「ううん」と言って笑みを浮かべた。


「あとで戻るから、先に行ってて?」


 ミカとモモコはどこかがっかりした様子で息をつくが。「分かった」と言って踵を返し、去って行った。


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