6.

「あんたまた今日の吸血サボったね? 学校で済ませて来いって言ってるのに」

「うん……体育教師を狙ったんだけど途中で邪魔が入っちゃって」


 冷蔵庫から冷えたトマトジュースを出してコップに注いだ。それ見たことか、と言いたげに祖母が嘆息をもらす。


「子供だ何だの言ってないで、いっそのこと高校生から貰ったらどうだい? 獲物ならわんさかいるんだろ?」

「………んー」


 赤くドロドロした液体を喉奥へと流し込み、ペロリと唇を舐める。この酸味がなんとも言えず、たまらない。


「そうだ、あんたもを飼ったらどう? アタシのスグルみたいに」

「うーん。今のところ良い人材が居ない」


 祖母の言うとは、自分専用の吸血相手のことだ。無論、スグルくんにも正体はバラしている。


 五年ほど前からうちに居候をすることになった彼は、元々家なき子だったらしく、祖母がどこからか拾ってきたのだ。


 飲み干したコップをシンクに置き、深緋は祖母の斜向かいに座った。


「ああ、でも。あの子はだめだよ?」

「あの子?」


 だれのことを言っているのか分からず、おのずと眉が寄る。


「ほら、三軒隣に住んでる……ええと」

「……白翔?」

「そうそう。あの子見た目も良いし、あんたへの好意もだだ漏れだから……正直ああいう子はペットにはそぐわないよ」

「……なんで?」

「なんでって……。まかり間違えて恋でもしてみな? その自覚もなく当たり前に飲んでしまっていたら、取り返しがつかなくなるよ」


 確かに……。深緋は神妙な顔で口を噤んだ。


「アタシが聞いた話によると、恋したら今まで飲めていた男の血が不味くなるらしいからねぇ。味覚が変わるって言うかね。

 で、意中の相手の血を数回飲んだだけで、それ以外の男からは吸血できなくなる。数回は二度なのか三度なのか、個人差があるらしい。だから注意が必要なんだよ」


 恋に落ちると、味覚が変わる?


 それは今まさに、自分に起こっている状況ではないかーーー深緋は昨夜飲んだ血の味を思い出し、不安に駆られた。


「し。心配しなくても、白翔は無いよ。同級生こどもだもん」


 唇を尖らせる深緋を見て、祖母が嘆息する。


「まぁ、ペットの人材がどうであれ、ぼやぼやしてるとタイムリミットが来ちまうよ?」


「大丈夫」と言って、深緋はそばに置いた雑誌をめくる。


「深緋……。まさかスグルから血を貰おうって魂胆じゃないだろうね?」

「ち、違うよ。スグルくんはどうしてものピンチヒッターだけど、リリーさんのだから」


 若干ムキになって答えると、祖母はふいと視線をそらし「だと良いけど」と呟いた。


「……あらら、また見つかったんだねぇ」


 祖母が黒いリモコンでテレビを点け、話題を変える。テレビではちょうどニュースが報道されていた。


 原稿を読むニュースキャスターの声に、自然と耳を澄ませた。


『昨夜未明、〇〇県の山中で女性の遺体が発見されました。警察の調べによると、死後数日が経過していると見られ、遺体の身元についてはいまだ調査中です。なお、遺体の様子から二ヶ月前の殺害遺棄事件との関連性も含めて捜査を進めている模様です』


「物騒な世の中になったもんだねぇ」と祖母が嘆息する。


「ほんの百年ほど前には、こんなわけのわからない事件なんて、なかったよ」


 猟奇的殺人。今世間を震撼させている事件のひとつだ。


 これまでに報道された内容から、被害者は二十代の女性で、遺体は決まって人気ひとけのない山中に棄てられている。両目をくり抜かれて毛髪を剃られ、裸で発見されるそうだ。


 今回の被害者で三人目となるので、警察は連続殺人事件として犯人の行方を追っている、とニュースキャスターは締めくくっていた。


 ふと帰り際の教室で聞いた会話を思い出し、続けて昇降口で見た白翔の表情が脳裏に浮かんだ。


 心配して言ってくれたのに、悪いことしたな。悲しそうに沈む彼の瞳の色に、罪悪感が顔を出す。

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