5.

 ああ、めんどくさい。この女子高生クソガキども、今すぐ気絶させてやろうか?


 そう思うのだが、数が数だ。一人か二人ならすぐさま凶行に及ぶのだが、四人はだめだ。四人もいたら吸血している間に逃げられる。


 それに、我儘を言えば同性の血は吸いたくない。吸ってもエネルギー源とはならないため、意味がない。


 仕方ないかと早々に諦めた。甲高いヒステリックな声を聞き流し、深緋は人形のような冷めた表情で、無言を貫いた。我慢の甲斐あってか、お助けキャラが現れた。


「こらぁっ、おまえたち! 何やってる!?」

「やべ、岡本だっ」


 それまで取り囲んでいた女子たちは、たちまち青い顔をし、深緋をひと睨みしてから踵を返した。


「二年の尾之上たちか……」


 チ、と舌打ちをもらし、お助けキャラが嘆息する。


「大丈夫か、朝比奈」


 体育教師の若き青年、岡本おかもと大貴たいきが心配そうに深緋に目を向けた。


「大丈夫です、ちょっと言いがかりに遭ってただけなんで」


 制服についた砂埃を払い、真顔で岡本大貴を見つめ返した。


 今日は手っ取り早く岡本先生にしようかな、と考えて口元に指を添える。


「ま、まぁ、朝比奈は美人だから女子とは色々あるよな、……って。これじゃあセクハラか、すまんすまん」


 照れを隠せないのか、岡本大貴は頬を赤らめ、後頭部を触る。


「何か困ったことがあったら言えよ? いつでも相談に乗るからな?」


 じゃあ、と言って立ち去ろうとする青年を呼び止めた。妖しく口角を上げ、瞳を三日月型に細めれば大抵の男はイチコロだ。


 フェロモンと呼ぶべきだろう、女吸血鬼には生まれつき男を誘う能力が備わっている。


 二十代そこそこの青年は目を見開き、ゴクリと喉を震わせた。まるで金縛りにあったみたいに動けなくなっている。


 深緋は彼の首筋に目を据えて、一歩二歩と距離をつめた。


 岡本大貴の首に腕を回そうとしたところで、校舎に備えられた拡声器から突如として音声が響いた。


『岡本先生、岡本先生、至急職員室までお戻りください』


 チッ、邪魔が入ったか。


「あ……っ、俺、だよな」


 岡本大貴は魔法が解けたようにハッとして、うろたえた瞳で深緋を見た。


「じ、じゃあな、朝比奈」

「はい、ありがとうございます、先生」


 深緋は穏やかに笑い、吸血を諦めて踵を返す。仕方なく教室へ戻ることにした。


 吸血に関して述べれば、知り合いや顔見知りから血を吸っても、何ら問題はない。そして深緋の正体がバレる恐れもない。


 なぜなら対象者は吸われた直後に気を失い、前後の記憶があやふやになるからだ。


 深緋たちが持つ特殊なホルモンがそうさせるのだそうで。もう何十年も前に祖母から教わったのだ。




「……何だよ、あれ」


 ーーーいつからか、深緋の行動を遠目に見ていた人影が、不満をもらし、拳を握りしめていた。同じく教室に戻るため、そのまま静かに歩き出した。


 *


「えー……、先々週に引き続き、今週もこの辺りの地区で通り魔情報があがっているので、くれぐれも夜の外出は控えるように。以上」


 教卓に手を置き、淡々とした口調で連絡事項を述べる担任教師。彼の言葉を受けて少しだけ教室がざわついた。


「通り魔だって……。ヤバ」

「今までに襲われたのは二人で、三十代の女の人って親に聞いたよ。念のため来週までは塾休めってさ」

「自由に出歩けないとか、ほんとストレスたまるよねー。勘弁してほしいよ」


 生徒たちの会話を耳にしながら帰り支度を済ませ、深緋は通学鞄を手に教室を出た。


「深緋!」


 一階の昇降口に差し掛かったところで、白翔に呼び止められた。


「もう帰るんなら送って行くよ」

「必要ない」

「なんだよ、帰り道だろ。それにさっき聞いた通り魔の件も気になるし」

「だから必要ないって」


 冷静な口調でピシャリと言い切ると、白翔はそれ以上なにも言えずに俯いた。


「ごめんね、白翔」


  白翔に群がる女子どもの監視がウザったくて、彼を置き去りに早々と帰路についた。


「ただいま」


 学生鞄を奥のソファーに下ろし、居間でくつろぐ祖母の隣りを通り過ぎる。


「お帰り、深緋」


 そう言ってすぐ、祖母が犬みたいにスンスンと鼻を動かし、深緋を睨み上げた。

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