4.
振り返って見ると、彼は涼しい顔で鼻の頭を触った。平然さを装った空気がバレバレで、うっかり笑みをこぼしてしまう。
「別にいいけど。こだわりないし」
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あの日から三ヶ月近く経った今、朝の登校時間が重なれば自然と一緒に行く流れができている。
異性と親しくなるということは、女吸血鬼にとって、血を供給する相手が増えるということだ。
しかしながら、深緋は白翔から血をもらおうとは考えなかった。
まだ成人してもいない
ある程度の速度を出し切った所で、電車が徐々に減速する。次の駅に停まるため、ホームの定位置でピタリと動きを止めた。
それまで固く締め切っていたドアが開き、通勤途中のサラリーマンやOLたちがこぞって乗り込んでくる。
小柄で背の低い深緋が押されないように、白翔が壁になってくれた。うん、やっぱり男の子だ、とつい感心して見てしまう。
ふと、視界の端に気になる容貌が映った。深緋は目を走らせて、食い入るようにその男を凝視した。
歳の頃は二十代後半で長身。パリッとしたスーツが上品で似合っている。甘いマスクと尖った顎の形から女性を虜にするのに長けている、そんな印象を受けた。現に、男の隣りに並んだOLは、さっきから頬を赤らめながら、チラチラとその男を見ている。
私も同じ。タイプかもしれない。
今にもよだれが出そうな口元をさり気なく手で隠し、深緋は射抜くように男を見つめた。
あの男の血は、きっと美味しいに違いない。久しぶりに、腹のトキメキを感じた。
このところどういう訳か、だれの血を吸っても美味しく感じないのだ。なので、見目麗しいあの男の血に、俄然食欲が湧いた。
男はどこの誰なのか。どの駅で降りるのか。とりあえず調査が必要だ。近日中にあの男から吸血してやる。
次なる
深緋の趣味は見た目の良い男から血を吸うことだ。いや、趣味というよりこれは本能かもしれない。
祖母には散々と止められているが、恋という未知なる感情を知って、世にも甘く美味しい血にありつく。密かに抱いた
これを繰り返すうちにきっと本物に出会えるはず。運命のハニーブラッドに。
……そう思ってかれこれ二十年が過ぎたのだけど。
「なんだよ、その百面相。さっきから呼んでるのに返事しろよ?」
考えごとに集中し過ぎて、白翔の声が今になって届いた。
「あれ、白翔。まだいたの?」
「そりゃいるだろ、目的地
差した日傘の向こう側に、眉を下げた呆れ顔の彼。意識高い系と俗称すべきだろうか、白翔は身だしなみにきちんとした男子だ。
凛々しい眉は綺麗な弧を描いているし、ふわりとした茶髪は寝癖などなく、いつもお洒落に整えられている。
深緋が通う高校の女子生徒から人気もあるし、一見してイケメンというカテゴリーにも当てはまる。
出会うのがあと数年先だったら、迷わず吸血していただろう。白翔の首筋に目を据えながら、密かに歯噛みする。
「な、なんだよ?」
白翔が怪訝に眉を寄せ、狼狽から頭を触った。
「どうでもいいけど。学校では話しかけないでね」
抑揚なく告げると、意図的に白翔から距離を取り、昇降口へ向かった。
*
女吸血鬼にとって、男はエネルギー源以外の何者でもない。
「おまえさぁ、前にも忠告したよな? 王子に対して慣れ慣れしいんだよ?」
ましてや、今対面している女子生徒たちが言った大路 白翔は、深緋から見ればその対象外だ。
それなのに、異性の中でとりわけ白翔としゃべる深緋は、自然と彼女たちの反感を買い、こうして体育館裏に連れて来られている。まったく理不尽極まりない。今朝の登校も誰かしらに見られていたのだろう。
無言で冷めた目を地面に据えた。もはやため息しか出ない。
「スカしてんじゃねーよ、朝比奈! ちょっとモテるからって、いい気になってんじゃねーよ!」
四人組のひとり、
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