7.

「ねぇ、リリーさん」

「うん?」

「今日だったよね? 酒屋のお兄さんが来るの」


 え、と目を瞬き、祖母は壁にかけたカレンダーを凝視した。


「ああ、そういや水曜だねぇ。そうか、今日は酒屋のにーちゃんから貰うつもりなんだね?」

「そっ」


 毎日、二十四時間以内に決まって吸血しなければいけないので、それなりに対象者を決めて吸血している。


 週に一度、お酒を配達してくれるお兄さんだったり、隣りに住む大学生だったり、学校の教師だったり。


 ときどき家政夫のスグルくんから血を貰うこともあるのだが、そうすると祖母が果てしなく怒る。彼は彼女に飼われているから、それも仕方のないことだ。


 とにかく深緋はコンスタンスかつ、ローテーションをしてその日の吸血相手を決めているのだが、近頃になってその対象者の数が少なすぎるのではないか、と不安を覚えるようになった。誰にも怪しまれず、スマートに補給するなら、もっと数を増やすべきだ。


 そしてこれが当面の課題に違いないので、今朝見た『電車の君』に関する調査と並行して行おうと考えていた。


 上手くいけばあの男からも血をいただけるかもしれない。


 居間のデジタル時計を一瞥する。六時だ。酒屋のお兄さんが来るのは八時頃だったはず。無言でタイムリミットを計算する。


 昨日の吸血時間が夜八時半を回っていたので、今日はその時間までに血を吸わなければいけない。さもないと十歳、歳を取る。


 十年老いて二十七歳になった自分は、外見で言えばそれなりに成熟しているので、気に入ってはいるのだが、その姿を維持できないため、上限姿じょうげんしである十七歳を保っている。


 二十四時間、吸血出来なければ十年老いて、四十八時間だと二十年老いてしまう。そして十年老いても二十年老いても、男から血を吸えれば元通りで、女の血だと意味をなさずに老いる一方なのだ。


 バスルームに向かって体を洗い、脱衣所で着替えを済ませた。棚に置いたカゴの中から細いチェーンに繋がれた真鍮のロケットペンダントを身につける。


 まだ他人ひとと会う予定があるので、普段はおろしっぱなしにしている黒髪を、高い位置でまとめて、緩めのおだんごにした。


 ひとまずスグルくんが支度してくれた晩ご飯を胃に入れ、時刻を確認した。スマホの液晶に浮かぶ数字が20時を数分過ぎてからインターホンが鳴った。


 今か今かと待ちわびた来訪者だ。スマホをポケットに仕舞い込み、玄関へ駆けつけた。

 そして落胆した。


 すでに家政夫のスグルくんがお酒のケースを受け取っていて、ボールペンでサインをした所だった。玄関の三和土たたきで伝票を受け取る配達員は、あろうことか女性だ。

 ショックを隠せず、「なんで」と呟いていた。


「なんでも、いつものお兄さんが熱を出したから代わりの人が来たらしいよ?」


 スグルくんは、彼特有の人懐こい笑みで何でもないふうに言う。


「あらら。あてが外れたねぇ」


 他人事のように言う祖母をひと睨みしてから、スニーカーに足を突っ込んだ。


「アタシは仕事に出るからね〜、早めに帰って来るんだよ〜」


 毎夜、キャバクラで働く祖母に「分かった」と返事をして、後ろ手で玄関扉を閉めた。


 こうなったら仕方がない。今日のところはだれでもいいから、手っ取り早くエモノを探すことにしよう。飲食店でゴミ出しに出る店員とか、外掃除をするコンビニのお兄さんとか、だれでもいい。


 そう考えたところで一瞬、通り魔という単語が浮かんで、まさに今の自分こそがそれであろうと苦笑した。


 ふと、足の裏から働く浮力を感じて、深緋は天を仰いだ。濃紺に変わり果てた空を月明かりが照らしている。口元が緩んだ。そうだ、そろそろ満月が近い。

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