第40話 希望


──けははははははははははは!


頭痛が、嘲笑っている。

ナイフを引き抜く手が、重かった。

短い間だったとは言え、仲間だったのだ。

鮮血を浴びたナイフは赤く、紅く染まって輝いている。

込み上げてくるものに、怒りは無い。

左手は強く握って、滲んでいた。


「殺してやる」


小さく呟き、目の前に立つ少年現実を見つめる。

生気のない瞳。口紅よりも濃い赤。胸から出続ける血液。

どんな手を打とうと、蘇生は不可能だと感じてしまった。

窮地を脱した反動は、ここまで大きいのか。


ポタポタと血は流れ落ち地面を赤色に染め上げる。

いまだに、厄災は嗤っていた。

現実を受け止め、少しぼーっとしている。


「……あ」


微かに、声がした。

聞き間違えじゃない。

確信もある。

発生源はどこか。

預言者では無い。彼?の声ならばノイズが入っていないとおかしい。

なら、あの2人?

いいえ。それも違う。

アークが辺り一面を見渡しても、人1人どころか、一匹も命を感じないのです。

なら、自分自身?

いいえ。それも違う。

それは、彼自身が一番理解している。


「いや……心臓逝ってるし、まさかな?」


期待してしまった。

無いと心のどこかで諦めた上で。

けれど、


「……ああ」


2度目が聞こえてしまったのなら、賭けるしかない。

僅かだった願いが膨れ上がっている。

けれど、自分にできることは、何も無い。

命を奪うことはできても、与えることはできない。

強く実感して、また、拳を握った。


「……痛っ」

「!」


小さくとはいえ、唇が動いた。

そして、明らかに言語を話したのだ。


『──ああ。聞こえているか?』


同タイミングで響く預言者の声。

彼?なら何か情報を持っているかもしれない。


「ああ」


期待を織り混ぜ声に応える。

すると、虚空から唸り声が響き、少し高い声色で返事を返した。


『厄災のか。生きているのなら話は早い』

「あ?どういうことだ?」

『シキを安全な場所に運んでくれ。場所はどこでも良い』

「死んでいるのにか?」

『いいや、

「はあ?」


予想外の返答に戸惑いを隠せないアーク。

そんな彼に知ってか知らずか少年の声をした預言者は話を続ける。


『ネメアの雫。万が一のことを予期して飲ませておいた』

「まじか!?」


ネメアの雫。それは、捕食者の死を一度だけ肩代わりしてくれるものだ。

アークは存在だけならクエートに聞いていて知っていたが、実在するとは思ってもいなかった。小さな苔色の飴玉。


(まさか……こいつが持っていたとは……本当に……何者なんだ?)


ネメアの雫による蘇生にはいくつかの条件がある。

一つ、蘇生が完了するまでの1時間、一才傷をつけられないこと。

一つ、対象の肉体が現存していること。

一つ、聖者であるうちにこれを摂取していること。


簡単に言えば、この3つを守れば対象は蘇生させられる。

本当にシキがそれを飲んでいたのなら、希望はある。

なれば、


「ここからあいつを担いで宿まで行くのは無理だ。ここで守り切る」

『分かった。俺は辺りの情報を伝える。協力だ』


お互い、意見は合致した。



「『死なせてたまるか」』

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る