第39話 死


──厄災顕現残り2分10秒。


「どう言うことだ?」


厄災の言葉は彼にとってあまりにも予想外だった。


「ルールは簡単。契約による顕現時間2分、オレから逃げ続けろ。2分間生き残れたら手前の勝ち。見逃してやる」


それは、シキとしてはかなりの幸運。

心臓の音が、漸く落ち着いてきた時、少年目掛け刃物が飛んできた。

大剣。アカ・マナフが捨てた武器『亥ノ太刀』だった。

柄を掴み、構える。

彼自身、剣を握り締め落ち着きを取り戻したのか、小さく深呼吸をしている。

刹那でも一手を間違えれば死ぬ。

バラバラ?

分からない。分かりたくない。


「覚悟は……いや、聞くまでもないか」


瓦礫の山から彼は立ち上がった。

空気の流れが変わる。

圧倒的なプレッシャーに、乱雑にばら撒かれる死。

呑まれそうな黒い瞳。

敵は1人。


──残り1分57秒


「さて、時間も少ないし」


ガン!

言葉を言い終える前に、衝突が始まった。

シキの大剣と、


「殺気を隠せよ……暗殺者!」

「生憎、オレは違う」


初撃はお互い力の押し付け合い。

互角。と言っても、厄災は片手だが。

互いに引かず、足蹴りを喰らわせる。


「──足掻け!」


強く握った拳がぶつかる。

拳同士が離れ、微かに姿勢が逸れた。

瞬きの一瞬、見失った。


「!」


文字通り、視界から敵が消え去っていたのだ。

移動した形跡は、ある。

ただでさえ猛吹雪で視界が悪いのだ。

彼は目で考えるのではなく、


「……そこか!」


直感に身を任せ、背後向け大剣を振るった。

かん!と、甲高い金属音が鳴り響く。


「──藻掻け!」



──残り1分23秒。


もうすぐ、リミットまで半分に差し掛かろうとした時だった。

アカ・マナフは二頭の剣をしまい、地面に落ちていたモノを回収した。

それは、少し赤色の混じった銀。


「ナイフ!?」


対して驚くことはない。

よくよく考えれば、アレはアークの肉体なのだ。

厄災がナイフを使うのも、なんら不思議なことはない。

間合いは10メートル。


「ははは!良い。いや、正直に言おう。オレは手前を舐めていた。久しぶりに打ち合えて楽しいぞ」

「あっそう。お褒めに預かり恐悦至極」


愛想笑いをしつつ、息を整える。

そして、


「はあ!」


全力で地面を蹴り飛ばし、走り出した。







──残り8秒。


(勝てる!)


確かに、思っていた。

もう10秒もない。

行ける。


「解禁『無音』!」

「!?」


想定外も想定外。

なぜか。

アークの肉体は今、それを使えないはずなのだ。

シキは剣を構える。

厄災の右手に、光が集まり、球体となる。


(まずい……!)


気づいた時には、全て遅かった。

少年の全力ダッシュよりも、アカ・マナフが光の玉を壊す方が早かったのだ。

そして、


「終わりだ」


世界は再度、闇に包まれる。

それは、少年にとって2度目となる固有結界『無音』


(くそ……が)


そこからは、一方的だった。

闘いというより、イジメに近しい。

四方八方から拳とナイフが飛び交って、

シキの身体を切り裂き続ける。






──残り3秒


「「は?」」


2人とも予想外な事が起こった。

それは、『無音』の破壊。

別に、アカ・マナフが終了させたわけでも、

シキが何かした訳でもなかった。

ましてや、外部からの干渉など……


(いや、まさかがか?)


彼にだけ、心当たりがあった。

だが、それはそれ、これはこれだ。

秒数にして、残り2秒も残されていない。

シキは全力で逃走を。

厄災は全力で殺害を。


互いの思想が確定した瞬間、シキは走り出した。

腕を振り、目的を成し遂げる!




──残り1秒


「逃す訳ないだろう。外す訳ないだろう『』!」


小さく呟いた時、彼の手には弓と矢があった。

素早く弦を引き、照準を合わせる。

実に神業。

矢には膨大な魔力がかかっており、直撃すれば死は免れないだろう。

だが、厄災が狙ったのはシキではない。

正確に言えば、彼の逃走経路。進行方向の大地なのだ。

弓矢は放たれ、彼の狙い通りの場所に突き刺さる。


(なんだ!?これは)


一瞬、シキの足が止まった。

それは、


「大地が……黒く染まって……!?」


終わり。

矢を中心として、大地が侵食されていた。

『無音』とよく似ていて、命を感じない。

油断した訳でも、慢心していた訳でもない。

ただ、得体の知れない恐怖を感じ取ってしまった。

その時点で、彼の敗北は確定してしまった。

刹那でも、シキは足を止めたのだ。


厄災は人でありながら、

人を脱した者。

常識なら間に合わない距離も、


「チェックメイトだ。惜しかったな、ガキ」


彼にとっては余裕だ。


「──ぁ」


小さく、何かを伝えようとした。

けれど、言葉は出なかった。

口からみっともなく赤を吐いてしまったのだ。

心臓に突き刺さるひんやりとした感覚。

何が起こったのか。

貴方は理解できなくとも、本能は理解した。

段々と、意識が遠のいていく。


──残り0秒。顕現終了。


深淵へと堕ちた意識は急速に上昇を始める。

そして、アークは目を開く。





「……あ?」


理解できなかった。

状況の理由が欲しい。

誰か、説明してくれ。

なんで……。

寄りにもよって今、変わったのか。

鮮血が視界を埋める。

ナイフを通じ、伝わる感覚。

それは、自分が一番知っているではないか。

目を背けるな。

嫌だ。

ふざけるな。

認めろ。


──これが、お前の選択だ。


「あ……」


声が詰まって。

紺碧の瞳は、イロを失った。


「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

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