第30話 善意と悪意

〜アシキノ


アークらがアシキノに着いて、すぐの事だった。

先の見えない吹雪。

町外れの処に、少年は立っていた。

アークは2人を宿に置き、1人で少年の下へ向かったのだった。





ポンチョを靡かせる少年は、アークを見るや否や紺碧の瞳を煌めかせた。


「へぇ。遅かったじゃないか、お前」

「……何しに来た、クソ野郎」


軽い挑発を無視するアーク。

シキの方は不的な笑みを浮かべ、柄に手をかけている。

一触即発。いつ、打ち合ってもおかしくは無かった。


「俺はお前を待っていた。それだけだ」

「あっそ。それで?最後の言葉はそれだけか?」


ナイフを構え、魔力の流れを作り変える。

間合いは10メートル。

降り積もる雪のせいで、足場が不安定だ。

0度を下回った極限状態。


「いいや。最後にはならない。俺はお前を倒す。そして、魔王も」

「はッ、何言ってやがる。手前が俺に勝てるとでも?」


煽り合い、その切先を敵に向ける。

無論、加減はしない。


「ああ。絶対にな!」

「来い!」


かん!

初撃は、シキの重い一撃。

豪快に振り下ろされた大剣を、ナイフで受け流した。

大剣は雪を消し飛ばしながら、地面に突き刺さる。

すかさず、アークはナイフを左手に持ち替え、強く拳を握った。

シキはガードが間に合わないのを悟ったのか、胴体に力を入れ、正面から受け止める。


「はぁ!」


魔力の籠った右ストレートは、少年に命中した。

だが、


「……こんなものか」


命中しただけだった。

音速を超えた一撃は、胸を穿つ事なく鋼鉄が如き胸筋に、止められてしまったのだ。


「ガァッ!」


刹那、アークの右腕に、強烈な痛みが迸る。

見れば、大剣を離し自由となった右手が、グーの形を組み、アークの右肘に打ち込んでいた。

アークが視線をずらした刹那に、少年は剣を回収し、間合いを確保している。


(一瞬のうちに、良くやる……な)


感心しているのか、苦笑いを浮かべ、腕を何度か曲げる。


(痛みの割に、ダメージは少ないな)


自身の状態を確認しつつ、少年を眺める。

少年もアークと同じように胸を何度か叩き、不備を確かめていた。


((問題無い))


両者の意見が合致した瞬間、次撃が動き出す。

力任せに踏み込んだアーク。

『無音』に使う筈だった魔力を込める。

すると、小さな刃は剣をも超える巨大な刃へと変化した。


(成程、是が魔術か……俺も使えたら……いや、考えるな!)


深呼吸をして、頭を冷やすシキ。

呪いか否か、魔術の使えない彼は、そのフィジカルだけでここまで来たのだ。


「ちッ!」


かん!と鈍い金属音が響き渡り、二つの拳が互いを打つ。

衝撃波が吹雪を振り払った。

漸く、遮られずに、互いは互いの姿を見つめる。


「俺が勇者だったら、きっと……」

「あ゛!?」


ドス黒い唸り声を上げたシキ。

感情の赴くままに、大剣を振う。

怒りの籠った大剣は、さらに速度を上げ、目の前の敵を切り払わんと前進する。

直撃すれば、死は免れない。


(早い!)


瞬きよりもいく倍も速い閃光に、アークは渾身のナイフをぶつけた。

けれど、ぶつけただけ。

カウンターは打てない。

ナイフを当て、直撃を防ぐので精一杯だ。


「鈍いぞ、アーク!」

「ッ!クッソ!」


挑発に言葉を返すことのできないアーク。

余裕は無い。

刹那でも気を抜けば、死に繋がるのだ。


「マジで、いい加減に、しろ!」


死を躱し続ける。

とっくに、辺りの雪は熱で溶けきっていた。

水溜まりの上で、踏ん張り続けている。

僅かな隙すらない。

全方位から迫り来る大剣。

はったりでも何でもいい。

僅かな隙を作らなければ。

決定打を、生まなければ。


「『無音』!」

「!?」


アークの叫び声に、シキはその手を緩めた。

固有結果『無音』の性質は、予言者によって何度も聞かされていた。その危険性も、彼は知っている。だが、今の『無音』を彼は知らない。

故に、


「ッ!」


その手を止め、間合いを作り出してしまったのだ。


1秒。

『無音』は発動しない。

アークからしてみれば当たり前のことだったが、シキからすれば何が起こったのか、予想ができない。


「……はぁ、はぁ、はぁ、何だよ。も、効くもんだな」

「何!?」


荒い息を整えつつ、種明かしをする。

もう一度は通用しない。

そう考えたからだ。


(いや、冷静になれ、シキ。固有結果を使えるのなら、最初から使う筈だ。仮に、たった数分しか使えないとしても、短期決戦を仕掛ければ良い。クソッ、気付くべきだった!)


但し、彼は固有結果を使用するにあたって、膨大な魔力が必要になる事を知らない。

ミスを取り戻そうと、冷静になり戦況を見渡す。


(右手が痒い)


最初に出てきた感想がそれだった。

別に、ふざけているわけではない。


「ぶった斬ってやる」

「首、飛ばしてやる」


3度目の突撃。

衝撃波が大地を砕き、斬撃が辺り一面を平らにする。


笑っていた。

お互い、殺し合っている筈なのに。

死線の中、愉しんでいた。

無論、殺す気ほんきで。


勇者を目指す少年と、厄災を内包した青年は、己が欲を満たすため、己が正義を押し通すため、戦っていた。


「……はぁ!」

「舐めんな!」


決定打は無い。

打ち合っても打ち合っても、防ぎきっていた。





──くははははは!!良いぞ!良いぞ!さぁ、殺し合え!奪い合え!殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺せ!!


厄災は、頭痛となりてその意思を告げる。

普段はうざったらしく思うそれも、今は、


「ああ!」


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