第31話 握った夢


「上か!」

「遅い!」


形勢は、逆転しかけていた。

数分前までは、シキがアークを追い詰めていた。

だが、今は違う。

シキの動きに鈍さが生まれていた。

自身の背丈よりと同じ以上の大剣を、何度も振り回していたのだ。

挙句、自身の限界すらも超えた超スピードを出した。

いつ、体力に限界が来ても、何もおかしくは無い。

ジリジリと撃ち合い続け、


「舐めるなァ!」

「ぐぅッ!」


度重なる斬撃の末、お互い、洒落にならないダメージを受けていた。


「魔術『鍵鎖ロック』!」

「ッ、足が!」


『鍵鎖』は固有魔術では無い汎用魔術だ。

対象を鎖で縛ることができる。

ただそれだけであり、物理攻撃で簡単に砕け散る。

だが、対象を逃さない点で言えば、効果的面過ぎた。



アークの方は左手の骨が折れ、太ももに盛大な刺し傷が生まれている。

シキに至っては全身の至る所に切り傷に、お腹に小さく風穴が空いていた。


「はぁ!」


シキがアークを弾いた瞬間、既に彼は視界から消え失せていた。

斬った手応えは無い。


「!」


上空からの落下音に、彼は気づく。

アークは上空からナイフを投げていた。

無論、彼にとってナイフ如き、弾く事は容易い。

けれど、


「はぁ!」

「!?」


一瞬の隙は生まれる。

血で見えなくなった右側から、アークが迫っていた。

今、拳が直撃すれば、タダでは済まない。

最低でも気絶は免れないだろう。

意識を二箇所に分散させなければ。

刹那の内に、次手を決める。


(ッ!危険度はアークの方が断然上だ!)


ナイフの事は、頭から消え失せていた。

直撃しようが、死にはしない。

そう考えたのだ。

振り向き様に大剣をアークに合わせる。

ただ、一つ大きな勘違いを、シキはしていた。


「狙いは、そっちじゃねえよ!」


ストレートで迫り来ると思っていた拳は、軌道をずらす。


「はぁ!?」


それは、シキの手首。大剣の持ち手だった。

予想外の動きにシキは手首を動かす。

だが、


(遅かった!)


それよりも数倍も速く、拳は手首を打った。


「グォォォォォォォ!!」


激痛に耐えながらも、離すまいと剣を握り続ける。

半ばやけになりながら、大剣をアーク目掛け振り下ろす。


「ッ!」


アークも、その大剣を避けることができなかった。

覚悟を決め、左腕を伸ばす。

大剣は、呆気なく左腕を切断する。


「────────!!」


声にならぬ絶句。

虚しく地面に落ちた左腕は、アークが踵で背後に蹴り飛ばした。

犠牲は大きい。


「お前……忘れているぞ」

「!」


空から迫るナイフ。

気づいた頃には、もう目と鼻の先。

直撃は免れない。

ガードもできない。


「だぁ!」


その一瞬を逃すほど、アークは甘く無い。

アークと同じく左手でナイフを受ける。

ナイフは手の甲を完全に貫き、止まった。


(意識が逸れた今、仕留める好機!)


死角での動きは対処不可能と言っても良い。

右足に全力を込める。

そして、


「だぁ!」


要の右手を思いっきり蹴り飛ばした。


「ッ!」


視界外の一撃。

遂に、シキは大剣を手放した。

だん!と大剣は地面に突き刺さり、アークは間合いを取り直した。

大剣はシキから数メートル先にあり、回収は不可能。

同じく、アークのナイフもシキが投げ飛ばした故、回収は不可。


いつの間にか、シキの身体を縛っていた『鍵鎖』は千切れていた。自由の身だ。




お互い、血が止まらない。

今にも飛びそうな意識。

荒い息を整え、戦況を把握する。

間合いは5メートル。

全力で踏み込めば、1歩も無い。

小細工も、小手もクソも無い。

静寂が、重くのしかかった。


((次が、ラスト!))


体力は残っていない。

次撃を当てた者が勝利する。

実にシンプル。

視線を離さず、ただ敵を眺める。

吹雪が暴風となりて、降り始めた。

その内、視界があやふやになる。

全神経を尖らせ、刹那を感じ取る。


「はぁ!」

「だぁ!」


両者、地面を蹴り飛ばした。

武器は無い。

頼れるのは/動かせるのは己が拳。

互いの右腕が交差する。


皮膚をスライドさせ、一閃をぶち込んだ。






「ク……ソ……が……!」


胸をぶち抜かれ、バスケボール程の穴が空いた。

降り始めた吹雪が、内臓へ滲み始める。

大きな水たまりは、赤い染料と混ざり合った。


「ぁぁあ。勝った……!」


勝者は、貫いた勢いそのまま、倒れ伏した。

敗者は、貫かれた勢いを殺し、立ち尽くす。


敗者は失った左手を思い、

貫かれた胸を見ながら、

勝者に告げる。


「ああ。認めるよ」


それは、殺気の籠っていない優しい声。


「お前の、勝ちだ」


顔を見せず、笑って。


「そうか……よ」


起き上がる体力が無いのか、

乾いた笑いと共に、言葉を返す。


「これなら……魔王も……倒せるか……」


冗談混じりに、願望を。


「かもな」






──まぁ、偶にはこのような結末も良いだろう。


厄災はどこか不満があるのか、ドス黒い声をあげている。


──ただ、偶に、だ。2度目は無い。


貫かれた胸を見つめながら、


──覚えておけ。オレのお陰で、お前は生きているのだと。


厄災は嗤う。

全てを見た上で、死の狭間に陥った自分を見て。


──けはははははははは!!


その言葉は、アークには届かない。

厄災は嗤い、運命を待つ。


──勘違いをするな。オレは、貴様の味方でも、なんでも無い。





──オレは、オレ以外を殺し尽くすだけだ。

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