第20話 果てしなき空への帰路


「そう言えば」

「?」


ふと、一歩後ろを歩いていたシグレが、口を開いた。

太陽は西に沈み始めている。

青と赤が、混じりかけていた。


「なんで、アークさんは勇者に同行していたのですか?」

「なんでって……何でだろうな」


返答になっていない曖昧な答えが彼女に伝わる。山以前の記憶が無い彼にとって、何故クエートに同行したのか、自分でもよくわかっていなかった。


「自分でもよくわからん。気づけばアイツと出会って、気づいたらアイツと旅をしていた。理由なんか知らん」

「……」


一瞬、ハルリが申し訳なさそうに視線を逸らしたが、彼は気づかない。


「大体、碌でなしの過去なんか知っても、何もならないぞ」

「そう……ですか」


あまり深掘りはせず、ただ歩みだけを続けた。

アシキノを第一目標とした場合、後4つの村を越さなければならない。


──刻が訪れれば、オレが話してやる。


頭痛が言葉となりて、アルグリアの意思をアークに伝えた。

自身の知らない事を、何故コレが知っているのかと気味悪くなったが、今更な事だと割り切る。


「いや、それともハルリに聞くか?」

「……アルグリア!?」


彼の口を許可を得ずに借り、ハルリに向けた挑発をかました。

今の彼は、一度アークの肉体を奪い取ったからか、一部の奪取なら可能となっている。

ただ、四肢の主導権は無いし、魔術を行使するための孔も存在しない為、無害と言っても過言では無かった。

最低限の間合いと殺気をアルグリアに押し付ける。

懐から長身の剣を取り出し、切先を厄災に向けた。


「けはははは。オレとしては数百年ぶりに、お前の血を浴びたいものだ」

「帰って」

「冷たいなぁ。これでも、として、共に旅をした中じゃ無いか」

「今のお前と昔のお前は違う。私をたぶらかすのは止めて」

「そう拒絶す……っち」


言いかけたあたりで、左手が自身の口を塞ぐ。言葉を途切れさせられた彼は小さく舌打ちをし、主導権をアークに返却した。


「あぁもう!何なんだよ、アレ」

「もうすぐ村に着く。宿で話そう」

「……分かった」


彼女の言葉通り、獣道の先に木材で組み立てられた家が見え始める。

一旦の旅の終わりを迎えようとしていた。


日は沈む。月明かりが、世を照らした。

そして、夜が訪れる。


宿のチェックインを済ませて、それぞれの部屋へと入っていった。

話を聞こうとした彼だったが、ベッドに座り込んだ瞬間、大亀、仮面の男との戦闘の疲労がどっぷりと放出され肉体を襲う。

気絶の形で、彼は眠りについてしまった。






「嫌だ!!嫌だ!!どうして!!どうして!!」

「死にたく無い!!死にたく無い!!死にたく無い死にたく無い死にたく無い!!」

「なんで、オマエは、私たちのことを!!」


繰り返される怒号と悲鳴。

怒りで燃え盛る死。

恐怖に震え上がる死。

絶望に打ちひしがれる死。

死。死。死。死。死。死。死。


そこに例外は存在せず。

平等な死が、村を覆い尽くした。


親を殺された者。

娘を殺された者。

兄を殺された者。

弟を殺された者。

子を殺された者。

姉を殺された者。

妹を殺された者。


その誰もが、殺意の刃に討たれ、絶命する。敵討なんて、出来やしない。

だって、


「死ね!妹の仇だ!」


その復讐心やいばは、に届くことはないのだから。

虚しく金属音が響き渡り、刹那の内に命を落とす。

即死なだけ、幾分かマシ。

ゆっくりと四肢を切断されたり、目の前で家族を喰われ、自身の腕すらもゆったりと味わられた人だっている。

勝手に死ぬことは許されず、永遠にも近しい絶望に包まれながら、最愛の人を失った。

そして、は嗤う。

愉しそうに、楽しそうに。


「けはははは!!」


燃え盛る豪火の中。

死を奏でたは、勇者と名乗ったと出会った。

血を欲し、肉を喰らう者。

勇者の目的は不明。

ただ、勇者の背後には、怯えながらこちらを睨みつける生き残り。

鉈を構え、悪魔は走り出した。



当時の勇者にとってそれは絶望以外の何者でも無かった。

閃光が如き速度で繰り出される、重機よりも重い一撃。

アレフの鎧と言う、全ての攻撃を無力化する筈の鎧を貫通し、ガードした腕の骨を砕く。

これで、使のだから、最凶以外に言葉が必要なのだろうか。

当代最強と謳われた彼ですら、致命傷は免れず、最後には

それ故、この代の魔王は討伐される事なく、時代の勇者が誕生するまでの間、敵なしとなったのだ。


「けはははは!!」


独特な嗤い声が、屍山血河に響き渡る。


に名は存在しない。

殺人鬼であった彼は本来、生贄として若くして生涯を終えるわずだった。

だが、イレギュラーと言うのは起きるものだ。生贄は本来ならば、村の安息を祈るために捧げられるもの。

皮肉なことに、安息の為の生贄が、村を滅ぼしてしまい、あまつさえ勇者も殺してしまった。


とてつもない殺人衝動に駆られ、己の快楽の為、その刃を振るう。

彼の周りには死。


永遠とも言える死は、数年後、終わりを迎える。


それは、ある少女との出会いだった。


──  は、    。


──そして、  は終わりを迎えた。


──そして、  は始まりを迎える。


いずれ来る  を中心に、世界は廻り続ける。

それは、誰も知らない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る