第14話 見たもの、聴いたもの
「それで、ルーラリアに行くにはいくつかのルートがあるわけだけど、どの道を通るの?」
旧魔王城のあった場所は、センラと呼ばれている地方だ。
センラからルーラリアには、障壁と言わんばかりの巨大な山脈が佇んでいた。
登山は不可能と言ってもいい。
壁のような形で山頂と言える山頂が存在しない上に、雲を突き抜けていた。
山頂には、誰も登った事がない上に、何かが潜んでると聞く。
よって、遠回りをする以外の道は論外となった。
北極点と南極点には、それぞれ国が存在している。
南は広大な砂漠に覆われた国、カーライ。
平均気温は50℃を超える熱砂。
北は広大な雪に覆われた白銀の国、アシキノ。
1℃にすら至る事のない極寒。
どちらに進もうと、待っているのは地獄。
寒いか暑いかの、簡単な差だった。
「距離だけで言えば、1番短いのがカーライか。けれど、最低でも1週間はかかる。その上、あそこの魔物は最近、凶暴になっていると聞く」
距離を取るか、安全を取るか。
今後の進行の大筋を決めるためか、アークはかなり悩んでいた。
「うーむ。どうしたものか」
「あの」
両手を組んで頭を捻らせていた彼に、シグレがペットボトルをかざし、声をかける。
「?」
「キュケオーンに連れて行ってもらう、というのはどうでしょう?」
一瞬、目を見開き、二人は顔を合わせ、
『無理だな・ですね』
きっぱりと、声を合わせ、少女の案を否定した。
「前提として、奴が俺たちに協力するとは、到底思えん。仮に協力関係を結べたとしても、勇者の呪いを持つ者以外では、奴の本領を発揮することはできない」
「うん。私も勇者の呪いを失っているしね。そもそも、アレは私のことかなり嫌っているからね。協力する気は一切ないと思う」
それは、偏見と経験則からくるもの。
かつての旅での彼の性格は、気難しいの一言に尽きた。
傲慢。時は違えど、手を焼かせた苦い思い出が、2人の記憶で甦っていた。
「だけど、何かに頼るって案は、悪くないな」
「だけど、並大抵の生き物なら、どちらの環境にも耐えられない」
「そこなんだよなぁ」
のらりくらりと時間だけが過ぎていく。
もうすぐで方針が確定しそうなところで、問題が露呈する。
このままでは、埒が開かなかった。
「……やりたくないけど、アレするか」
『アレ?』
「多数決。先言っとくぞ、俺はアシキノに投票する。後は2人で決めてくれ」
「は?」
言うだけ言って、アークはどっかに行ってしまった。
取り残された2人は唖然として、動く事ができない。
「どうしよっか……」
外に出たアークは、誘われるようにどこかへと進んでいた。
本人も、何故そこに行くのかはわからない。だが、懐かしい匂いが、鼻にこべりついていた。
「来てたんだな、クエート」
草木を抜けた先の森の奥、日差しがチラチラと差し込む幻影の空間に、彼は立っている。
「まあね。よく気づいたね」
あの時とは違う、勇者としての気配を全面に出した彼は、待っていたかのようにアークの方向を振り向いた。
「そりゃあな。何年一緒に旅したと思ってんだ。嫌でも気配は覚える」
「覚えられてるってのは、素直に嬉しいな」
「それで、何をしに来たんだ」
気配は穏やかに。
だが、互いに、魔力の流れを変えていた。
「なにって、決まっているだろう?」
「鏖殺か」
「いやいや、観光だよ。ここはコーヒーが美味いらしいからね。一度でいいから飲んでみたかったんだ。勇者だった時はそれどころじゃなかったし。それに、ルキアの故郷でもあるからね。彼への手向だよ、断言する。此処は滅ぼさない」
よくよく見れば、彼は剣を保持していない。
本気で、戦う気は無いのだろう。
(だから、魔王の気配を醸し出さないのか)
「次会う時は、魔王城かな」
「その次は、地獄でな」
「ははは、やっぱり君は、私の親友だ」
感情の無い笑いが、響いた。
こだまして、歌となる。
「じゃあね」
アークの隣を過ぎ去り、道なき道を、彼は進んで行く。
今なら、『無音』を使い、彼を殺すことはできるだろう。
だが、
「……あぁ」
彼は、突っ立ったまま、足音が消え去るのを待った。
懐かしさが、アークを包み込み、気づけば彼は涙を流している。
誰にも見せないそれを振り払い、2人が待つ場所へ歩き出した。
「で?決まった?」
待っていたのか、不満そうに2人はアークを見つめている。
「うん。アシキノの方面から行くことにした」
「……わかった。じゃあ、善は急げだ」
最低限の用意は済んである。
後は旅立つだけだった。
「じゃあ、行こう!」
改めて、旅の始まりの一歩を踏み締めた。
──オレは……あぁ。
数百年前の記憶。
内側に潜む何かは、縛られた身体の力を抜き、眠っていた。
──いつ……からだ。
眠っては起きてを繰り返して、時を待つ。
何回も、何回も、誰かに伝えた。
だが、思いは決して届かない。
悲しさが、虚しさが、虚空に響いた。
──厄災。
かつての記憶が、彼を嘲笑う。
復活の時は近づいていた。
彼が名前を得た時点で、リーチにかかっている。
後は、悪意が呼び覚ますだろう。
──因果は、終わっていない。
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