第13話 内側に、潜んだ魂


──何故だ。


数百年前の記憶が、を刺激する。

常闇の世界に囚われ続け、孤独に悩まれていた。

共に戦った勇者に封印された時は、苛立ちすら覚えたとも。

だが、今となっては違う。


──彼女を、■したい。


それが、彼の選んだ本音。

最悪の厄災の道。





「どこだよ、ここ!」


彼の脳は情報を処理しきれずにいた。

ルーラリアが占拠されるわ、初対面の女に気絶させられるわ、散々だ。

挙句、今いる世界。

闇に包まれた、光なき虚無。

『無音』に近しいものを感じ取ってはいるが、根本的な何かが違っている。


(意味が、分かんねー)


半ばヤケクソで、どこかへと進み出した。

頭痛が、彼を呼んでいる。


「ハルリとか言ってたあの野郎、起きたら一発殴ってやる」


呑気に考え、歩いていた。

ナイフは手元に無い。

何が起きるか分からない巣窟で、ステゴロは不安だったが、対処のしようがなかった。



正直な話、彼にはクエートと出会う前の記憶が一切存在しない。

正確に言えば、気づけばどこかの山にいて、気づけばクエートと出会い、アークという名前をつけられた。

いつ産まれたのか、どこで産まれたのか、両親すらも、彼は知らない。

ただ、殺しの術だけは、身体が覚えていた。誰かに習った訳じゃ無い。


自身の過去について、よく考えたことが無かった。

どうせ、碌なものでは無い。

酷い頭痛も、気づいた頃には発生していた。


頭痛これの原因を、知っているって言ってたよな)


原因不明の頭痛に悩まされていた彼にとっても、終焉の鍵は知りたい。

本能か、はたまた運命か。

誘われるように、無意識に彼はある場所へと向かっていた。


「……は?」


それは、コンクリートの塊。

コンクリートの壁を、鉄格子が更に囲っている。それは、刑務所と呼ぶに相応しいものだった。

明かりがついており、影が笑う。

正直怖かったが、これ以外に道は無い。


(入るしか……行くか)


覚悟を決め、厳重な扉を押して、中に入った。

中には、天井から吊るされた鎖が二つ。

中心で、男が吊るされていた。

四肢を鎖で縛られ、虚な瞳でアークを見ている。

そして、その男は、


「!」


顔も、肉付きも、外側だけを見れば違いは一つもない。

コピー、ドッペルゲンガー、クローン。

その、誰にも当てはまらない異様な存在。

アークは理解していた。

これが、頭痛の正体なのだと。


「……!」


アークを見るや否や、彼は縛られた腕を振り回し、鎖をちぎらんとする。

固唾を飲み込み、拳を構えた。


「お前……ぁあぁああああ!!」


獣にも似た咆哮が、鼓膜に響く。

軋み、今にも鎖はちぎれそうだ。


「お前、誰だ!?」


唯一、ソレに言えた言葉。

言の葉を聞いた彼?は、腕を振り回すのをやめ、叫ぶ。


!!」


耳に残る、誰かの名前が轟いた。

その瞳に映るは屍山血河。

地獄の具現、死の具現。

誰にも当てはまらない混沌が、蠢き、混じり合っていた。


「お前……その女には……近寄るな!」


警告が響き、アークの身体を風が襲う。

吹くはずのない屋内で、ソレはアークの視界を遮った。


「誰なんだ、お前は……」


その言葉は、男には届かない。





気づけば、彼はカフェにいた。

隣には、心配そうに見つめているシグレ。

そして、テーブルを挟んだ目の前には事の犯人、ハルリ。

机に伏していた彼が上半身を起き上がらせると、ハルリは啜っていたコーヒーカップをテーブルに置き、ニコッと笑った。


「お帰りなさい」


「……」


あくまでも優雅に、彼女は佇む。


「帰ってきたということは、見てきたのでしょう?を」


「……ああ」


アレが、彼女の見せたかったもの。

アークの知るよしのない、ドス黒い本性。


「それが、君の頭痛の原因であり、抑えきれない殺人衝動の原因。ね、に言ってるんだよ?


内側に籠った怒りが、牙を剥いていた。


──殺せ。ソイツを、殺せ。黙らせろ。


頭痛が激しくのしかかる。


「頭痛の件はともかくとして、お前はクエート討伐に、協力してくれるのか?」


数秒悩んで、彼女は答えを出した。


「……良いよ。君の目的が果たせば、彼を倒すのも簡単になるし」


「ありがとう。じゃあ、行くぞ」


立ち上がって、店の外に出ようとした。


「あ、私お金持ってない」


彼女の言葉に、アークは止まった。

意味がわからなかった。


「は?」


「私、無一文な事忘れてた」


「は?」


「奢って!」


「……ッ」


本気で殴りたかったが、原因を教えてくれた恩を思い出し、なんとか踏ん張った。

財布からコーヒー代とシグレのジュース代を取り出し、支払う。

その間にも、女子二人は店の外に出ていた。








魔王城。

魔物の巣窟となった地獄に一人、勇猛果敢に魔王に挑んだ少年がいた。

だが、戦力差は覆ることは無い。

待ち構えたクエートに正面から叩きのめされてしまった。

名前は、ルビー。

玉座の間まで、一人で戦った戦士。

両腕を縛り、中央に正座させた。


「ルビー。君はどうする?」


傷一つない魔王は、冷酷に少年に問う。


「絶対に、屈服するものか!」


「うん。威勢がいいのは良い事だとは思うよ。だけど、時と場合を考えた方がいい」


地面に突き刺した魔王の剣を引き抜き、少年に突きつけた。


「今際の際だぞ」


「……!」


絶対的な恐怖が、彼を支配する。

それは、自身の信条すらも捻じ曲げるほどの死を、感じ取ってしまうほどに。


「おい、クエート」


「……ダマ、どうしたんだ」


ピリついた空気が、一瞬にして崩れ去った。


「■■■■■■■、■■■」


耳打ちの声量で、ダマはクエートに何かを伝える。


「!?」


それは、ルビーのことがどうでも良くなるほどに。


「なるほどな。面白い、やっぱり世界は捨てたものじゃないな」


クエートの脳裏に潜む言葉。


──因果は、終わっていない。

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