第15話 故、意を忘れることなかれ


かち、かち。

静寂の夢で、時計は時を告げる。

1秒が、何時間にも感じた。

幽谷での記憶。


「アシキノまで、此処から2週間ちょいか」


「フルで走ったら、だけどね。実際は3週間以上かかると思った方がいい」


アークを先頭にし、間にシグレ、背後にハルリの体制をとっていた。

アークはハルリを信じきれていない。

初対面でいきなり気絶させられ、固有魔術の開示すら無し。挙句、頭痛の原因を知っている。

彼からしたら不安要素以外の何者でも無かった。


アシキノへの道に、約6つの小さな村が存在している。

補給は十分可能だろう。

金銭は……皆(特にアーク)、考えたく無かった。


「いやぁ、それにしても旅なんて何年ぶりだろう」


ふと、彼女が背筋を伸ばしながら呟いた。

朝日が、短い影を作り出している。

照りつける太陽が、眩しかった。


「あんた、幾つだよ」


「秘密。と言うか、知っているんじゃないの?」


テンションが高いのか、るんるんとスキップをしている。

絵面だけを見れば、まだおとなしく歩いているシグレの方が大人に見えた。

もうすぐ、村が見えてくるはずだ。


「興味無いし、聞いたこともない」


クエートなら伝承から逆算することも可能だったろう。

そんなことを思いながら、足を止めた。


「ん?」


少し遠く、道半ばで倒れていた男。

体力が切れたのか、彼はピクリとも動かない。

小走りで、男に近づいた。


「おい、大丈夫か?」


アークが揺さぶり、シグレがペットボトルから水を出し、少し開いた口に流し込む。


「……」


返事は無い。

気を失っているのか、白目をむいていた。

胸に手を当てる。


「……脈が、無いな」


ただ、死んでいるわけでは無い。

確かに、脈は止まっていた。

だが、は動いている。


治療すれば助かる可能性があるが、いかんせん、治療の術を持ち合わせていなかった。


(どういう……ことだ?)


シグレの等価交換は、あくまでも欠損した部位を補完する事ができるだけだ。

内側を交換することはできない。


「……嫌な予感がする」


アークの独り言に、


「……多分、正解」


村の方をまじまじと見ていた彼女が、反応した。

何かを感じ取ったのか、シグレがペットボトルを双眼鏡に変え、アークに渡す。


「!」


別に、村が燃えていたわけでも、地獄絵図になっていたわけでも無い。

かと言って、異変が無いとも言い切れなかった。


「……は?」


何が起こっているのか、彼には理解できなかった。

おそらくだが、誰に言っても同じような反応をするだろう。

なんて。

かく言うアークも、なんなら最初に見たハルリでさえ、自分の目を疑った。


「何が、起きている?」


「行くしかなさそう」


2人は立ち上がり、先に走り出したハルリに続き、走り出す。

全員、己の武器を構えて。


「はあ?」


異質異様な空間に辿り着き、同じように家の前で倒れていた少年に近づき、胸に手を当てる。


(やっぱりか)


静寂の押し付け。

押しつぶされそうな地獄。

その中で、ズンズンと場違いな足音。

村の中心の広場から、とてつもない音量の咆哮が、村全体に轟いた。


『みはははは!!ココは、オデのもんだぁ!!』


(元凶か?)


ソレは、巨大な亀の姿をした魔物。

甲羅に守られた肉体は、村を破壊し、血に塗れていた。

合流する形で、3人は魔物に立ちはだかる。


『なんだぁ!?お前たちはぁ!?』


気づいたのか、亀は遥か下の人間を見つめ、高らかに笑った。


「お前が、元凶か?」


『ああ?なんだって?聞こえねぇんだよぉ〜。もっとデカい声で喋れよぉ!!』


首を甲羅の中に引っ込め、亀は空高く飛び上がる。


「来るぞ!」


アークの掛け声と同時に、3人はその場から離れ、亀の落下攻撃の直撃を免れた。

亀が首を出し、アークが魔術を行使するのは、ほぼ同時。


「短期決戦だ──『無音』!」


刹那、さんさんと照らされていた世界が、巨大なドーム状のようなものに飲み込まれた。

外界からの光が遮断され、残された内側の光は、アークの手に集まって、小さな太陽を生成する。


『なんだぁ!?何も見えねぇぞぉ!!』


(流石に勝った)


アレを例外とすると、本当に無音を破る手段は存在しない。

首を引っ込めようとする亀よりも何千倍も速い閃光が、首を切り裂いた。

だが、深く抉りはしただけで、切断にまでは至らない。


『ギャァァァァアアアア!!』


耳の割れそうな咆哮。

だが、勝利は堅い。

そう、誰もが確信していた。




「……は?」


アークが地面に着地した瞬間、は起きた。

別に、亀が何かしたわけじゃない。

だが、


「……なんで」


闇の世界にヒビが入り、


「……何が、起こって」


光が、差し込んだ。

固有結界が閉じる・破壊される条件として、魔力切れ、上位の結界による塗り潰しなど、さまざまな可能性が存在する。

だが、今回の『無音』破壊において、それらの条件は、何一つとして当てはまらなかった。

発動はしたのだ。よって、クエートのような後出しジャンケンでもない限り、破壊は不可能。それに、亀が魔術を行使した動作も感じ取れなかった。


無論、心当たりなど存在しない。


「!」


刹那の思考中、切断に至らなかった首が、アークを吹き飛ばした。


──殺せ。


頭痛が激しく、肉体を襲う。

予想外の一撃に、意識が飛びかけていた。

それに、とどめを刺すように、視界が揺れる。


──殺せ。殺せ。


その言葉を認識した瞬間、彼の意識は途切れた。

同時に、鎖がちぎれ落ちた音が、小さく鳴り響く。





──あぁ、お前に教えてやろう。


鎖が外れ、魂の返り咲いた彼は、眠り行く自身に伝える。


──因果は、終わっていない。

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