第11話 亜種正義


「あぁぁああああぁぁぁあああ!!」


虚空に叫び、届かない怒りが鳴り響く。

虚しさが戦場に轟き、生者は立ち上がった。

──厄介なことになった。

頭痛すらも忘れる怒号。


「アーク……さん」


彼女の声は届かない。

ただ、感情に任せ地面を殴っていた。


(くそ!よりにもよって、よりにもよって!)


押さえ込んでいたモノが溢れ出し、今の彼を嘲笑う。


「……ぁあ」


ふと、全部がどうでも良くなるような感覚に襲われ、ゆらりと彼は立ち上がった。


「……シグレ、アイツはどこに行った?」


「分からない。瞬間移動みたいな感じだったから、どこに行っているのか、さっぱり」


「そうか……」


大きなため息をつき、アークはふらつきながら一歩を踏み出す。

陽射しが眩しい。

彼の気分とは裏腹に、目一杯空は晴れていた。


「歩こう、休もう。疲れた」


それだけを言って、彼は倒れた。

ぷつっと電源の切れた機械みたいに、気を失って。






「」を縦横無尽に飛び回る黒龍バルボロスの上で、クエートは傷を癒していた。


「いや、本当に危なかった。助かったよダマ」


「死なれたら困る。それだけだ。礼を言われる筋合いは無い」


「そっか。いやまぁ、命の恩人だからね。アークにはああ言っていったけど、実際はかなりヤバかったし」


彼の魔術には大きすぎるデメリットが存在する。それは、無力化する魔術によって、自身に破壊した分の魔力が牙を剥き、ダメージを与えるのだ。

そして、その限界値に至る固有魔術は、一部を除いた軒並み固有結界だった。

範囲が狭かったと言うのもあるが、世界そのものに牙を向けた時点で、フィードバックはもの凄いモノとなり果てていた。

彼が『無音』の再生に手こずっていなければ、再度『無音』が発現し、敗北していた可能性すらある。


「それにしても、君もバルボロスを顕現させるとか……うん、彼女は強かったのかな」


所詮、憶測であった。

実際に目にしていないのなら、それは無いに等しい。

ダマがどこでバルボロスを手玉に取ったのか、彼は知らないし、興味も無い。


「キュケオーンは回収しなくてよかったのか?」


「あぁ、彼は勇者のを、助ける為に同行していてくれてたからね。私が魔王となった今、聖獣である彼が協力するとは到底思えない」


一人称の変化に気づいたダマだが、些細なことだと切り捨てた。

彼らが勇者であった頃、歴代勇者の愛馬である聖獣キュケオーンと共に旅をしていた。

キュケオーンは鹿の見た目をした四足歩行の獣で、背中から二本の触手を繰り出すことができる獣だ。

ただ、魔王城の直前の村(アークを泊め、クエートに滅ぼされた村)で、彼とは別れた。

理由として、当時の彼は死なせたく無かったと語っている。

ただ、ソレが真意かどうかは不明。


「そろそろ着くぞ」


「ん、思っていたより随分と早いね。流石、世界を一度滅ぼしたと謳われている邪竜なだけある」


太陽のように眩しい光に咆哮を上げたバルボロスが躊躇無く突っ込んでいった。


「ここが、お前の拠点だ」


バルボロスの背中から、地上を見下ろしたクエートは、ニヤリと笑う。


「へぇ、良いね。そのセンスは悪く無いよ。という点においてはね」


それは、城ルーラリア。

かつて、勇者クエートを旅立たせた、この大陸を司る王の住処。


「皮肉なものだね。自らの支配下を広げるつもりで送った奴に、全てを奪われるなんて」


「アークが勘づく前に片付けるぞ」


「あぁ、始めよう。新居のだ」







「いや!いや!死にたくない死にたくない!!」

「来るな!来るな!来るな来るな来るな来るn──」

「くそ!なんなんだ!お前たちは!お前たちは!!あぁぁぁぁあああ!!」


地獄の中を堂々と闊歩する二つの影。

そこら中から、悲鳴がなだれ込む。

炎が燃え盛り、煙が空を遮った。


「ははは!案外楽しいな鏖殺と言うモノは」


「だろう?悲鳴が心地よい」


彼らが行ったこと、それは文字通りの殺戮。

逃げ惑う者に死の押し売りをし続け、いつかは賑わっていた城下町の人口は約3分の1ほどまでに減少していた。


抵抗する者に死を。

逃げ惑う者に死を。

勇気ある者に死を。

迷える者に死を。


殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し、殺し尽くした。

それでも、人間むしはうじゃうじゃと湧いて出る。

最初は呆れていたが、今では一周回って楽しくなっていた。

人間をダーツのように地面に刺したり、魔物の餌にしたり。


歴史を彩った城ルーラリアは、一夜……いや、たった数時間で消滅した。


そして、新たな歴史が、大地に刻み込まれる。

それは、今までの歴史に比べれば、余りにも異質過ぎるモノ。

生き残りを見つけ出し、かつて王様の像が立っていた場所に集結させた。


「さて、生き残りたち。君たちのことをは殺す気はない。だが、これより余は、此処に千をも超える魔物を放つ」


それは、誇張無しの事実。

そして、それは彼らにとっての死刑宣告でもあった。


「生き残りたければ、視力を尽くして走れ。逃げ惑え。そして、人へ伝えよ。余は此処で待つと。魔王は此処に居ると!!」


その宣告を聞いて、生き残りは一瞬、動くことができなかった。

だが、クエートの背後からのそのそと現れてくる無数の魔物に恐怖を覚え、無意識に走り出していた。

地平線の彼方へ行ったことを見届けると、彼は魔物の進軍を止めて、玉座に座る。


「時にはこうやってふんぞりかえるのも、悪くないね」


宣伝が上手くいったのか、失敗したのか。それは、未来が決める。


「さて、ダマ。余としては目的の半分は達成した。君は余に協力する義理はない。逃げるのも拒まないし、ある程度は君の自由に協力もする」


「……考えてもみたんだ。俺の願いを、俺の目的を、貶さず、肯定してくれたのは、お前だけだった。お前なら、俺の目的も叶えてくれる。そう、今は信じている」


「そっか。なら、これからもよろしくね、ダマ」


「あぁ、共に目的を果たそう」






半ば、クエートの目的であったアークは、ホテルで予想外の出来事を耳にすることとなる。


「は?」


「……」


「もう一回言ってみろ」


「ルーラリアが、占拠されました!」


「はあぁぁぁぁあ!?」


アークは開いた口を閉ざすことができなかった。

気絶していた数時間の間に、何が起こったのか、彼が理解するのに、数日かかったのは別の話。


「え?まじで?は?嘘つけお前、そんなわけ……いや、アイツならやりかねないな」


シグレは黙って、コップに注がれたオレンジジュースを口に啜った。


「ふざけんなよ!」







「始めようか。アーク。私たちの復讐を」



──因果は、終わっていない。


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