第10話 殺人鬼と勇者


かつて、誰かが言った。


──いずれ、世界は闇に閉ざされる。


と。

当時はどう言う意味か理解されていなかった。いや、なんなら現在に至るまでもその真意を知る者は存在しない。

予言を残した者は、行方不明となったからだ。数十年の時を経てしまえば、ソレわわ知る者も少なくなってくる。


だが、当時の人々はこう結論付けた。


「次代の魔王の誕生」


と。

いや、決してこの結論自体は間違っていない。

実際に魔王は誕生した。

世界を絶望のどん底に叩き落とし、闇に飲み込んだ。


ただ、現代のある小さな、本当に小さな極西の村で、予言が訪れた。

それは、

実際、殺人鬼自体は少ないものの、全体の母数が多い故、相対的に産まれる確率も高かった。


彼は、名をつけられていない。

彼の内に潜んだ殺人衝動は、並では無かった。

殺しても殺しても、決して満たされることはない。

空っぽを埋める為に、ひたすら殺した。

彼は、未だ行方を掴まれていない。

死しているのか、生存し殺しているのか。

それは、本人以外知らない。




「ッ……フレア!」


小さく叫んだアークの左手に、手のひらサイズの火の玉が出現した。

走りながら、それをクエート目掛けぶん投げる。


「無駄だ」


火の玉は彼に触れることなく、その刃に弾かれた。


「はぁ!」


即座に背後に迫り、鎧の無い脳を狙いナイフを振るう。

クエートは身体を逸らし、ナイフを避け握った拳をアークの腹に打ち込んだ。


「がっ」


弾き飛ばされ、壁に激突した瞬間、ヒビの入った天井が崩れ去り、落ちてくる。


「なに?」


それは、殴り飛ばしたクエートにも予想できなかった事実。

見ればバルボロスが暴れているではないか。

黒い世界「」との扉をこじ開け、アークが連れていたシグレと戦っていた。

天井のガラ空きとなった玉座の間でバルボロスは空高く飛び上がる。

追いかけて、シグレも崩壊する天井を足場とし、追いつかんとしていた。


(あっちは……色々と凄いことになっているね。拠点が崩壊するのは……まぁ、仕方がないか)


考えながらも、アークとの距離を詰める。

クエートの固有魔術は先程『無音』を破壊した『魔を統べよ、神の詩リクス・リア・ハリアウト』と、『断絶、理を示せシャウト・ブラスト』の2種類。

全てをフルに使えば、負けることは無い。

本人ですら無意識であったが、今の彼の魔力は普段より上昇していた。

魔王になった、ということも一つの要因ではあるが、それ以上に因縁という事実が、無意識で彼を強くしている。


「……さて、どうでるか」


逆手にナイフを持ち、構えるアーク。

『無音』と言う最大の切り札を失った今、彼は勝ち目を失いかけていた。


(クソ……本気で予想してなかった。腕痛えし、頭も痛い。吐き気までする……)


──殺せ。

頼れる者は居ない。


(あぁ、結局)


──怨め。憎め。お前には、その権利がある。

最期は、一人なのだ。

死を覚悟して、壁を蹴り走り出す。

半ば、ヤケクソで。

有耶無耶にしたかった。

間合いは無い。

互いの刃が触れようとしていた。

歪な剣は、彼の身体など簡単に真っ二つにできるだろう。


「……!」


だが、剣は彼に触れること無く、止まった。何故か、ソレはクエートにもよく分からなかった。


「ッ!」


ナイフが胸の鎧を裂き、その心臓を潰さんと肉を貫く。

ただ、得体の知れない何かが、彼の本能を刺激していた。


微かな戸惑い。いや、恐怖。


殺しに特化したナイフは、魔王の心臓には届かなかったが、引き抜きの動作で壁に激突させた。


(なんだ、何が起こった?)


1番予想外だったのはアーク。

彼からしたらよく分からない一本の細い糸を掴んだら生き残ったのだ。


(なんだ、なんだ、は?)


彼は直前『千里眼』で見てしまった。

アークの内側に潜む、進行形で彼を蝕んでいるモノを。


──ソレは死。

──ソレは死。

──ソレは死。


死以外の感想が彼には見当たらなかった。

彼を殺すことは簡単だ。

だが、ソレを見てしまった。

得体の知れない、吐き気を催す程の邪悪。


「なんなんだ、君は」


乾いた笑いが、飛び出てしまった。


「知るか。興味も無いし、どうでも良い」


激突した身体を起こし、ぱっぱっと鎧についた瓦礫を落とす。


(……魔術の一種では無いな。魔術なら余の『千里眼』が反応する。だが、アレは)


「!」


刹那、彼らの間に巨大な瓦礫が降り注いだ。煙を纏い、視界を塞がれる。


「クエート!」


それは、バルボロスを乗り回すダマの叫び声。見れば、大量出血のシグレが力無く落下していた。


「……離脱と行こうか。また会おう」


「行かせると思うか?」


「やめときなよ。『無音』を使ったって、余を止めることはできない」


「そして、君は彼女を助けないといけないのでは?」


「……ッ!」


クエートは空へと飛び上がる。

追いかけようとしたが、バルボロスの咆哮により、空へと飛び上がることができなかった。


「……この!」


クエートはバルボロスに乗り、黒龍は「」の門の中にその肉体を入れていく。


「じゃあね、アーク。


それが、最後の彼の言葉。

「」の門が閉まり、黒く染まった空が蒼く晴れた。


「あぁぁあああぁあ!!」


空から落下するシグレを着地させ、怒りの籠った声が、戦場の跡に鳴り響く。

張り裂けそうな怒号。

殺意とは違う、別の怒りが彼を轟かせる。


それこそ、気絶していた彼女が目を覚ますほどの声量で。


──因果は、終わっていない。

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