第24話重なり合う布と新しい衣装


「新しいものを作る。これは修繕とは言いません。ですが……いつものように持ちうる技術の粋を集めて取り掛からせていただきます」


 去年の桃色の衣装と破られてしまった青色の衣装。二つを広げて、アリテはハサミを手に取る。アリテがいるのは、衣装が縫われていた空き家ではなかった。


 彼の店の作業台で行われるのは、ユッカにはいつもの仕事の延長線にしか見えない作業。なのに、ここからは全く新しい物が誕生する。それを想うとユッカは何故かドキドキした。その理由をどうしてだろうと考える。


 ああ、そうか。


 アリテが新しいものを作ろうとしているからだ。


 剣を新たに打てない彼が、舞台の衣装とは言えども新しいものを一人で作る。その厳かな儀式のような光景に、ユッカの心臓は高鳴っているのである。


 彼が作らないのは剣だけ。


 類まれなる腕を持ちながら、剣を打ってくれない美貌の修繕士。


 それにはアリテなりの理由があって、歴史がある。ユッカは、それを知っている。知っているからこそ、剣を打つということ無理意地を出来ない。


 最初こそ剣を打って欲しいと思ったから、ユッカはアリテに付きまとっていた。だが、今では違う。


 ユッカは、最近ではどんなアリテで良いとも思っている。修繕士のアリテだけではない。


 ありのままのアリテが好きになっていた。


 彼の友人になって、隣にいれることが誇らしかった。だから、……自分の剣を打ってくれなくても良いと思い始めている。


「この衣装は、過去を懐かしむものではないんです。新しいものを作るためのものです」


 アリテの言葉に、ユッカは首を傾げる。


 それは、ユッカにとっては不可解な言葉であったからだ。


「昔話を再現するんだから、昔を懐かしむためのものだろ?」


 舞台は新しいものを作るのではない。古い時代の古い伝説を再現するための物だ。だから、新しいものを作れるはずがないのだ。


 言葉の意味が分からないとユッカが言えば、アリテが見惚れるほどの笑顔で微笑む。実に楽しそうな顔であった。今まで見たなかで、一番楽しそうな顔かもしれない。


 ユッカは、この場にいるのが自分だけで良かったと思った。自分はアリテを知っている。


 だが、アリテを知らないものが今の笑顔を見たら——きっと恋してしまうだろう。叶うはず恋は、きっと強い悲しみを覚えるはずだ。


 アリテの恋人の話を聞いてから、ユッカは考えたことがある。アリテが剣を打てないのは、まだ傷が癒えていないから。癒えていないのは、まだ恋人を愛しているからだ。


 だから、どんな人間がアリテに恋をしても無駄だ。アリテは、誰にもなびくことはないであろう。


「本番を見ていて下さい。新しいものを作り出し、新しい人生が切り開かれますよ」


 台の上で、桃色の布と青い布が重なる。


「紫になった……」


 新たな色の誕生に、ユッカは言葉を失う。


 薄い布は、二つの色を殺さずに新たな色を作り出したのだ。ユッカは、アリテの言葉の意味を知った。古い去年の布は、全く違う新しいものへと生まれ変わったのだ。


「だから、言ったでしょう。これは修繕ではなくて、新たに作り出す作業だと」


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