第23話破られた衣装


 衣装は、空き家で作られている。


 布をたっぷりと使った舞踏用の衣装は、広げてしまえばかなり大きくなるからスペースが必要になるのだ。そのため、衣装に関しては空き家を利用して作っている。


 小屋の中では、町でも特に手先の器用なものが集まって衣装を作っているはずだった。皆で和気あいあいと縫物をしていると思ったユッカだが、空き家のなかでは集まった女性たちが困ったようにうろうろしていた。


 祭りの本番まで日がないので、完成に近づいていると思っていた衣装はバラバラなままだ。


 背の高い女性がユッカに気がついて、どこかほっとしたような顔をした。ムッシュルの妻のルカである。


 痩せてひょろりとしたルカは、伸ばした髪を引っつめているだけの凡庸な姿をしていた。けれどもよく見れば顔立ちは整っていて、着飾るまでもいかなくともちょっとでも洒落た格好をすればすぐにでも見違えるはずだ。


 だからこそ、ユッカでも「もったいないな」と思うのである。


「ユッカ、ちょうどよかったわ」


 ルカは、ユッカに向かって言った。


「休憩中に衣装がめちゃくちゃに破かれてしまって……」


 ルカの言葉に、ユッカは驚いた。


 改めて、破られたという衣装をユッカは見つめる。バラバラになっていたのは、落ち着いた青色の衣装である。去年の少女役は若い女性であったから濃い桃色だったのだろうが、今年は男性のアリテが少女役ということで青色になったのだろう。


 その布がバラバラになっている光景は、蝶が羽を広げて地面に落ちているように思えた。余りに惨い姿である。


「……誰が、こんなことをやったんだよ」


 町の人間が、楽しみにしている祭の目玉を台無しにするはずがない。だからといって、外部の人間に祭の進行を邪魔する理由はないだろう。


 ユッカには、誰が衣装を滅茶苦茶にしたのか分からない。分からないが、こんなことをする人間を許せないと思った。


「今年は、皆がアリテの女装を楽しみにしていたのに」


 そこまで言って、ユッカは本人だけが舞台を楽しみにしていなかったことを思い出した。だが、それ以外の人間は本当に楽しみにしていたのだ。そこまで考えて、ユッカは目を見開く。


「まさか、祭を嫌がったアリテが衣装を滅茶苦茶にしたのか?」


 そんなのあり得ないと思いたいが、祭の開催に一番不満を持っていたのはアリテである。そして、彼には狂気的な行動をとる理由もあった。


「多忙をきわめたアリテが、おかしくなって犯行に手を染めたのか……」


 ユッカの言葉に、その場にいた全員が息を飲む。


 自分の意見には、やはり現実味があるのか。そのようにユッカは考えていたが、後ろを振り向いた瞬間に彼は凍りついた。そこには、笑顔のアリテがムッシュルたちを引き連れて立っていたのである。


 ユッカは、内心で冷や汗をかいていた。


 アリテは明らかに不機嫌そうであった。


「どうして……ここに」


 今頃は、ムッシュルにしごかれていたのではないのだろうか。そこまで考えて、ユッカは自分の根底が間違っていることに気がついた。


「あっ。しごかれてたら、衣装なんて破けないか……」


 ごつん、と頭を殴られた。


 ユッカも痛かったが、アリテも痛かったらしい。アリテは、自分の拳をなでている。商売に使う手を痛めたせいもあって、アリテの機嫌はさらに悪くなっていた。


「こちらでトラブルがあったと聞いたので、急いで来たんでしよ。それにも……」


 アリテは布を拾い集めて、ため息をつく。


 破られた布は薄くて、アリテが拾い集めると本当に花弁のように見えてしまった。綺麗な布を贅沢に使った衣装だったのが改めて分かって、ユッカは再び残念な気分になる。


「ここまで切り刻まれたら、祭の本番までに修復は出来ませんね」


 修復のプロに冷静に判断されたら、誰も何も言えなくなる。衣装を縫っていた女性たちの顔も青くなった。


「でも、お祭りが……」


 ルカたち女性陣は戸惑っていた。去年の衣装は残っているが、同じものは使えない。毎年違う衣装は、祭の目玉でもあるのだ。


「落ち着いて下さい」


 アリテは、泣きそうになっている女性陣に話しかける。


 その声は酷く落ち着いていた。


「破られてしまったものはしかたありません。去年の衣装は私が着られるように多少の改良をしています。それを元に新しい衣装を作りましょう。ここまで破られてしまったら、修復ではなく作りなおした方が早いです」


 それでは、完全新作のような衝撃を観客には与えられない。もっと新しい見せ場が必要だ。


「少女役を二人一役にしましょう」


 その案を出したのは、ルカだった。


「前半は、私が出て。アリテさんは、竜と戦う見せ場からが出る。私が最初に出ることで、アリテさんの美貌が引き立つかもしれないですし……」


 アリテは、思いっきり嫌な顔をした。だが、彼以外の全ての人間が、ルカの話を真剣な顔をして聞く。


 誰もが新たな目玉が必要だと考えていたし、二人が一人の役をやるというのは初めての試みだ。しかも、男女が同じ人物をやる。目新しいし、アリテが出る今年だからこそ出来ることだ。


「アリテさんは、これから衣装を修復するのに専念しなければならばならない。だったら、踊りの練習少なくして負担を減らすべきよ」


 ルカの主張はもっともである。そもそもが多すぎていたアリテの仕事は、衣装が破られたことでさらに増えてしまう。ならば、役者としての負担を減らすのが正解というものだろう。


 ユッカは、アリテとルカを見比べる。二人の背格好は同じとまでは行かないが、双方ともに痩せ型だ。ルカの身長が高いおかげで、背格好が極端に違うということはない。


 性別が違う以外は、彼らは似ているのだ。


 この偶然には、誰もが感謝した事であろう。


「お前に踊れるっていうのか。アリテは出来ないなりに練習を重ねてきたんだ!経験のないやつが、いきなり首を突っ込もうとするな!!」


 ムッシュルの怒鳴り声が響く。


 その声が消えた、瞬間。


 ルカの舞が始まった。


 それは、一人の少女の心の踊りであった。


 竜が暴れて町が焼かれ、それを悲しむ旅の少女の心を表す踊りだ。恐れと不安、けれども怒り。その全てが、ルカの踊りのなかにはあった。少女は人々を助けるために伝説の剣を引き抜き、竜が住まう山に向かう。


 それだけの物語。


 あまりにも短い伝説。


 けれども、ルカの掌が焼かれた町の人々のために祈る。指先が伝説の剣に触れる弱さで揺れる。瞳が、竜との戦いの決意で光る。


 誰もがルカの踊りのなかで、伝説のなかの少女の心を見たのである。


「あなたの指導をただ見ていた訳ではないわ……」


 ルカは、戦う少女そのものだった。


 誰もがルカの踊りに圧倒されるなかで、アリテだけは拍手を贈る。その音で、皆が正気に戻る。


「申し分ないと思います。なにより、私の負担が減りますし」


 アリテは、眩しいぐらいの笑顔だった。


 よっぽど辛い練習の毎日だったらしい。


「本番は、最後までよろしくお願いします。できる限り、ご協力しますから」


 アリテの言葉に、ユッカは違和感を覚えた。


 なんだか、おかしな雰囲気を感じたのだ。


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