第13話冒険者たちの怒り


 アリテは、二日酔いの辛さからまっすぐ歩くことも出来ない。それを後ろから眺めていたアリテは、大いに呆れていた。飲んだというよりは飲まされたという状況だったとはいえ、大人が二日酔いに苦しむ姿は本当に情けない。


「本当に将来は飲みたくないな」


 ぼそりとユッカは呟く。


 それが聞こえていたらしく、エアテールは苦笑いした。


「あんまり酒を嫌ってやるなよ。お前が成人したら、良い酒を奢ってやるから」


 良い酒という響きには、ちょっと惹かれなくもない。同時に、うずくまって吐き気をこらえるアリテの姿には引く。


「アリテ……。今日はもう止めた方がいいんじゃないのか。俺だけで行くから、お前は休んでいろよ」


 二日酔いのために欠席というのは格好が悪いが、真実だからしょうがない。それに、アリテの無実はユッカが証明できる。アリテは酔いすぎて剣を盗むことなど出来なかったと。


「嫌だ。行きます……。たしか、珍しい剣だったような気がするので」


 おや、とユッカは思った。


 昨日は全てがアリの戯言で、抜かれなかった剣も大したことがないと思っていた。しかし、アリテの見立てによると珍しいものだったそうだ。もっとも、酔っ払いのうわ言を信じるならばの話であるが。


 ユッカたち三人は、そうこうしている内に飯屋についた。二日酔いの人間のせいでいつもの二倍の時間がかかったが、それもしょうがない事だろう。むしろ、道中の事を考えればたどり着いたことは奇跡である。


 飯屋の店内は、騒然としていた。


 集められた人々は不満をたらたらと漏らし、その中央にアリがいる。アリは役者のように響く声で、自分の考えを述べていた。その言葉が、集められた神経を逆なでしているらしい。


 飯屋では女将が右往左往し、その旦那が心配そうな顔で事態を見守っている。自分の店でトラブルが起こっているのだから、彼らとしては不安なのだろう。


 ユッカは、改めて店の客たちの顔を確認する。


 飯屋のなかには、昨晩の客がほとんど集められているようだった。いや、集められたのは冒険者だけだ。同業者としてもユッカには見慣れた顔がばかりである。


 アナという流れの冒険者は、この町の冒険者が剣を盗んだ犯人だとでも思っているのだろうか。たしかに日常的に剣を使うのは冒険者ぐらいだが、これはあまり良い状況とは言い難い。


「ちょっとこれって、不味くないか」


 ユッカは、アリテの袖を引っ張った。


 町の冒険者たちは、犯人扱いされたことで腸が煮えくり返っている。エアテールたちの目が光っているうちならば良いが、人目がなくなればアリが冒険者の私刑の餌食になる可能性は十分にあった。


 アリの世渡りの下手さに、ユッカは頭を抱えた。


 冒険者は気性が荒いのだ。痛くもない腹を探られて怒りをかわないはずもない。同じ冒険者ならば分かっているだろうに。


 彼らが今のところ大人しいのは、エアテールがいるからだろう。彼の信頼とギルドの所長という立場は、立派な抑止力になる。それでも万能ではないので、目が光っていないところでは何が起こるか分からない。


 冒険者たちは、横の繋がりを重視する。時には、仲間同士で徒党を組んでモンスターや猛獣と戦うこともあるからだ。だからこそ、仲間意識が強いのである。


 エアテールがギルドの所長なのも、冒険者たちの仲間意識を重視しての結果である。役人が所長になるより、元冒険者が所長になった方が現場では様々なことがスムーズに進むのだ。


「所長。俺は、ガキの冒険者を連れてこいって言ったはずだぞ。アイロンを投げた修繕師は関係ないだろ……」


 アナは、アリテのことをしっかりと覚えているらしい。アイロンを投げる人間などはあまりいないので、忘れていた方が不自然なのかもしれないが。


「アリさん……。私は酒に弱いんです。そんな、私のグラスにお酒を注いで……誰に言われたんですか?」


 アリテは、恨みがましい目でアリを睨んだ。額を抑えているということは、今現在は頭痛に悩まされているのであろう。


「誰に言われたって、どういうことだ?」


 ユッカは、首を傾げた。


 アリが誰かに言われてアリテに酒を飲ませたというのは、少しおかしな話なのだ。


 飯屋にいた面子は常連ばかりだったので、アリテが酒に弱いことを知っていたはずだ。アリテが酔っ払えば騒ぎを起こすのは知っていたはずである。


 アリテは、普段から酒は飲めないと言っている。


 だが、飯屋で悪質な人間に酒を飲ませられたことは一度や二度ではない。そして、相手を追いかけたことも一度や二度ではない。


 ユッカが居合わせないときだって、そういう事はあったはずだ。そういうときは酔っ払いに慣れた女将や店主が助け舟を出してくれたのかもしれない。それに、他の常連だっている。


 普段のアリテを見ていると信じられないが、彼は一般人なので同世代の冒険者に比べれば腕力などは劣るのである。飯屋の常連ならば、彼を力づくで止めることはいくらでも可能だ。


 ユッカはアリテと仲が良いが、いつでも一緒に食事を取っているわけではない。昨日も偶然に居合わせて、一緒に食事をしただけである。


 ユッカとしては、アリテに酒を飲ませるように仕向けた人間が常連のなかにいたとは考えられない。昨日の客は常連が多かったので、アリテに下心を持つような人間もいなかったはずだ。


「誰に言われたって……」


 あきらかに、アナは戸惑っていた。これは、アリテの予測が当たっているのかもしれない。


 アナの反応を観察しようとユッカは必死になっていたのに、アリテが不用意に近づいたせいで表情を観察するのはあきらめた。アリテの美貌に、ユッカが見惚れてしまったからである。


「こりゃ、駄目だ……」


 ユッカやエアテールはすでに見慣れているので、二日酔いに苦しむアリテの姿は『駄目な大人』の典型例だ。しかし、よく知らない人間が今のアリテを見る目は『弱っている美形』なのである。


「おーい、アナ。アリテは、お前にアイロンを投げつけた相手だからな」


 ユッカの言葉に、アナは現実に戻った。そして、アリテと距離を取る。化け物のような扱いにをされたと思ったのだろうか。アリテは、少しばかりむっとしていた。


「酒については、目についた奴のグラスに注いだだけだ。そっちこそ、酒だって分からないで飲むかよ!普通は匂いとか一口目で分かるだろ」


 言いがかりをつけるなとアナは言うが、アリテは酒の味が分からない。だから、飲むのだとユッカは考えていた。隣を見れば、エアテールも頷いている。


「私は、お酒の匂いだけで酔いつぶれるんです。そして、酔っ払った私は絡まれると騒ぎを起こします。アイロンを投げたときみたいに……」


 酔ってなくても投げるのに、とユッカは思った。


「あなたは、注目を集めたかったのでしょう。女将の相手をしているだけでは、いつものことなので目立ちません。だから、あなたは騒ぎを起こすために私に酒を飲ませたんです」


 アリテの言葉にも一理ある。


 アリテが酒を飲まされた時点で、さりげなく気にする人間もいるだろう。そして、いつものように騒ぎを起こせば、間違いなく注目の的になる。


 アリテはちょっかいを出されると確実に騒ぎを起こすので、酒を飲ませた後は自然を装って近づけばいいのだ。


「目立ってどうするんだよ。俺は、お前にアイロンを投げられて痛い目を見ただけだ。第一、俺を犯人扱いしているのかよ。盗まれたのは、俺の剣だぞ!」


 アナが怒鳴る最中に、アリテの身体が揺らぐ。二日酔いで本調子ではないアリテが倒れそうになり、眼の前にいたアナが身体を支えた。


「おい、大丈夫か?」


 心配そうなアナの様子は、ユッカには意外に映った。ユッカには、アナはどちらかというと傲慢な人間に見えていたのである。


 自分の剣が盗まれたと騒ぎ、昨日いた客を飯屋に集めるなど相当なことだ。しかし、アリテを心配する様子は本物だ。


 人には二面性があるとはユッカだって知っているが、それでも片方が偽物ではないかと思ってしまう。それは、他人を単純な目で見たいという欲求でもある。


 だが、それはいけないのだ。


 物事の本質を知るには、全てを見るような広い視点を持たなければならない。前回のドレスとカメオの一件で、そんなことをユッカは学んでいた。


「逃げますよ。……やばい、吐きそうです」


 アリテは、そんなことを呟いていた。その声は、注意深く二人を見ていたユッカや側にいたアリしか聞こえないものであっただろう。


「誰か、誰か洗面器とタオルを持って来い!」


 アナは、アリテを椅子に座らせようとした。もはや立たせている事すら困難だと判断したのである。その瞬間だった。


「うひょっ!!」


 アリのおかしな声が響いた。

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