第12話二日酔いと紛失事件


「おーい、アリテは起きているか?」


 翌日、アリテの店に冒険者ギルドの所長が訪ねてきた。それを出迎えたのは、ユッカである。昨晩は酩酊したアリテを家まで運び、そこでユッカ自身も力尽きたのだ。


 なお、アリテは二日酔いで寝込んでいる。


 朝は一応は起きたのだが、三杯ほど水を飲んだら臥せってしまったのである。酔っぱらい情けない姿に同情して、ユッカは朝からアリテの面倒を見ていた。といっても、ベットから「水……みずぅ」という声が聞こえたらコップを渡すだけの作業なのだが。


「おい、ユッカ。お前はいつから、修繕師の弟子になったんだ?」


 ふざけた様子の冒険者ギルドの所長に、ユッカは笑って「俺は冒険者だって」と答える。所長のエアテールは、元冒険者だ。年齢故に引退したが同業者からの信頼が厚く、周囲に推される形でギルドの所長を務めている。無論、ユッカも信頼していた。


「アリテなら、頭痛と吐気で死にかけているけど……。要件なら伝えておくよ」


 なにかの修理かと思ったユッカだが、エアテールの表情は真剣だ。鍋やヤカンの修理とは思えない。なにかトラブルがあったのかもしれないが、自分はともかくアリテが呼ばれる理由は分からなかった。


「いいや。実は流れの冒険者……アナという男の剣が盗まれたんだ。昨日はたらふく酒を飲んでいたらしくて、記憶が曖昧だって言っていて。食堂で飲んでいたから、あそこにいた誰かが盗んだと言って聞かないんだ」


 つまり、酒の席で『王から下賜された』と大ぼらを吹いていた剣が盗まれたと騒いでいるらしい。迷惑な男であるが、彼も流れの冒険者である。騒いでいるのならば、冒険者で解決しなければならない。


「アリテが、その場にいたと聞いていな。あいつなら、剣の価値ぐらいは見抜いていたと思ったんだが……酔っていたか」


 アリテの酒の弱さは有名だ。少し飲むだけで翌日は使い物にならないので、アリテと親しい人間は彼に飲ませようとはしない。


 アリテ自身も飲まないようにしている。しかし、第三者に勝手に注がれていても気がついたことがない。


 ユッカが思うに注がれた酒の匂いだけで酔っていて、酒の味などアリテは分かってもいないのかもしれない。だからこそ、毎回のごとく飲むのだろう。


「酔っ払っていたなら、覚えていないかもな……。ユッカは、何か気がついたことがあるか?」


 エアテールの言葉に、ユッカは首を横に降った。


 正直な話、ユッカは昨日の騒ぎをあまり覚えていない。いいや、違う。アリテが、アイロンをアナという流れの冒険者に投げたのはしっかり覚えている。


「俺は、アリテの世話で手いっぱいだったよ。冒険者が剣の自慢をしていたのは知っているけど……」


 ユッカは、他人の剣の事については気にしている暇はなかった。誰かがアリテの標的にならないかと冷や冷やしていたからである。


「そうか。しかし……アリテも町に慣れたな。最初の頃は、飯屋に近付かない野良猫みたいだったのに」


 そうだったけ、とユッカは首を傾げる。


 残念ながら、ユッカには野良猫のような可愛げを見出すことが出来なかった。アリテの物を投げる癖に比べたら、野良猫が爪で引っ掻いてくるのは可愛いものである。


「ユッカが変えてくれたのかもな。自分につきまとう年下なんて可愛いもんだし」


 エアテールの言葉に、ユッカは少しばかり恥ずかしくなった。自分の存在が相手を変えたというのは、ちょっと気恥ずかしい。けれども、それと同じくらいに嬉しいことだった。


「俺は、A級冒険者になる人間だ。側にいて安心感があるんだろ」


 ふん、とユッカは鼻をならす。照れ隠しだったが、頬が熱くなっていたのでエアテールにはユッカの心情がバレていたであろう。


「そうだな。そうだよな」


 エアテールは、相変わらず笑っている。ユッカの反応を微笑ましく思っているのだろう。それとも、自分とアリテの友情を微笑ましく思っているのだろうか。自分とアリテは歳の差がかなりあるが、それでも対等な友情を築けているとユッカは信じている。


 ユッカは、今までアリテに散々な目にあわされていたことをすっかり忘れてしまっていた。


「……昨日の剣の話ですか?」


 アリテが家の奥から、のっそりと現れた。青い顔をしたアリテは、ぼんやりとした顔をしている。あきらかに機能の酒が残っている。酒を飲んだことがないユッカですら分かる。


「見たい」


 アリテは、ぼそっと呟いた。


「王様のから下賜された剣なんて、ちょっと見てみたいです。昨日は、記憶が曖昧ですし」


 アリテは、飲んで記憶が飛ぶタイプでたない。理性がなくなるタイプである。だからこそ、昨日のことを覚えていたのだろう。しかし、剣のことははっきりと覚えてはいなかったようだ。あの時から、すでに睡魔に襲われていたのであろう。


 のろのろした動きで、アリテは外出の準備を始める。だが、その顔色は真っ青だ。エアテールは、本調子ではないアリテを止めた。


「無理しなくていいぞ。どうせ、大したこともない事件だ」


 そのようにエアテールは言ったが、珍しいことにアリテは頑なだった。


「いいえ……。見てみたいです。剣がなくなったと騒いでいるなら、なおさら行かないと」


 

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