第5話穴の開いたカメオ


 ドレスの修繕を始めて、二日目のことである。ユッカは近くの食堂に買い出しに行っていた。護衛というのは名ばかりで、やることは接客や掃除に料理である。


 ここまでくれば、察しの悪いユッカであっても気がついてきた。


 アリテは護衛兼家政婦として、ユッカを雇ったである。料理の材料代はアリテ持ちだが、料理に関してはユッカに任せて自分は仕事にかかりっきり。仕事場も私室の掃除もユッカにまかせ、なんなら接客までやらせる。


 小さな町の小さな修繕屋には顔見知りしか来ないので、ユッカは客に何度も「冒険者を辞めたの?」と尋ねられた。


 自分は店員として雇われたのではないとユッカは抗議したが、アリテの反応は暖簾の腕押しというものだった。仕事に集中しすぎて、そもそも帰ってくる返事がおざなりなのである。


 ただし、料理に関してはユッカの腕が気に入らなかったらしい。馴染みの飯居で買ってこいと言うようになった。これに関しては、当たり前だがアリテのツケで購入している。


「そもそも金貨のことを知っていたのは、俺たち二人だったんだ。なら、護衛とかはいらなかったんだよな」


 考えれば考えるほどに、アリテにはめられたとしかユッカは思えない。


 従業員が欲しいのならば、普通に募集すればいいのだ。美しいアリテと共に働きたいという人間は不純な気持ちの者を含めても多いだろう。なんなら、腕の良い鍛冶師の弟子になりたいという人間だって現れるかもしれない。


「でもなぁ。なんか、アリテって人見知りっぽいんだよな」


 アリテの腕ならば弟子を取っていてもおかしくないが、そういう素振りを彼は全く見せない。従業員も雇わない。これは即ち、人見知りではないかユッカは思うのだ。


「仕方がないな。唯一の友人として、色々と世話をやいてやらないと」


 ユッカは、そのように納得した。


 アリテは美しいが故に、町に引っ越してきてから色々なトラブルに巻き込まれている。アリテを取り合った女性たちの壮絶な喧嘩や男性に夜の相手に誘われるなどといったトラブルには、アリテは辟易しているふうである。


 考えてみれば、アリテが親しくしている人間はユッカを含めてアリテに色目を使わない人間ばかりだ。自分に色目を使ってくる人間が嫌いというのは、モテない人間から見れば贅沢な悩みなのだろうが。


「顔だけ見られるのが嫌なんだろうな」


 アリテは、自分を美しさだけで評価する人間が嫌いなのだ。その気持ちは、分からなくもない。アリテは、美しいだけではない。それ以外にも色々と美点を持っている。


「腕が良いとか……。腕が良いとか、腕が良いとか……——。うん、それしか美点がないけどな。大人の癖に我儘だし」


 ユッカは一人で苦笑いをした。だが、アリテが立派な大人であったならば自分はこんなふうに気安く接することが出来なかったかもしれない。それを考えるならば、アリテが今のアリテで良かったとユッカは考えた。


 ユッカは馴染みの飯屋で買ったサンドイッチを片手に、アリテの店のドアを開けた。


 その瞬間に、アイスピックが飛んできた。


 外でのユッカの独り言が、アリテの地獄耳には聞こえていたらしい。なんの修繕に使うのかという疑問が浮かぶ前に、頬にアイスピックがかすったユッカは涙目になる。


「だから、友達がいないんだ!」


 ユッカの叫びとアリテの奇行に驚いたのは、その場にいた客である。


 小さな町の住民らしくない立派な服を着た紳士は、目をパチクリさせていた。その男の隣にいるのは、もはや常連と化している領主の使用人である。彼がいるということは、隣の人間が誰であるのかは予想が出来る。


 ユッカは、らしくもなく背筋を伸ばした。


 使用人の隣にいる人物は、間違いなく領主一家の長男である。跡取りとして大変期待されている人物であり、最近では病弱な父親の政務をほとんど替わりに行っているという。代替わりの日も早いのではないのかというもっぱらの噂だった。


 そんな立派な人物が近くにいたるのである。いくら領主の家族が身近であると言っても緊張はした。なお、アリテは全く緊張していないようである。


「ここら辺では一番腕が立つ修繕士と聞いていたが、大丈夫なのか?その……人格面にただいなる問題があるように思えたが」


 紳士の言う通り。人格には問題があるが、腕は一流。それがアリテなのである。


 アリテも自分の性格に難があるのは分かっているらしい不機嫌そうに、紳士に向かって反論をする。


「職人を性格で判断しないでください。アクセサリー類の修理もやったことがあるので、そこらの器用なだけの人間に任せるよりはマシだと思いますよ」


 アリテの憮然とした言葉に、紳士は驚いた。


「どうして、私がアクセサリーの修理を頼むと分かったんだ?私は、この店に来てから君には何もしゃべっていないと言うのに」


 紳士は、アリテが指摘したとおりに首飾りを懐から取り出す。


 それは、カメオの首飾りだった。


 カメオとは、貝殻に夫人の顔を彫刻した女性用のアクセサリーである。宝石に比べれば地味な印象を受けるが、年配の女性には人気がある気品があるアクセサリーだ。


 そして、デザインが限定されているために流行り廃りに影響されることも少ない。母から娘へ。娘から孫へと継承されても長く楽しめるアクセサリーとも言える。


 そんなアクセサリーであるから、普通のアクササリーよりも手入れや修繕の仕方は広まっている。アリテでなくとも修繕は出来るかもしれないが、自分の大切なものは腕の良い職人に任せたいものだ。


「あまり状態が良くないですね。元通りにするのは難しいです」


 アリテは、受け取ったカメオをじっと見つめた。


 カメオの白かったはずの貴婦人の横顔の彫刻は手垢で汚れて、目元には深い穴が開いてしまっている。手垢の汚れは、何度も大切にカメオの彫刻をなぞった証であろう。


 持ち主は、穴の開いたカメオにかなりの思い入れがあったのだ。そのことは、ユッカにも簡単に想像することができた。


「父上から腕が良い修繕士がいると聞いていただけなのに、どうして依頼内容まで分かるのだ……」


 驚いている紳士に、アリテはカメオを見つめたままで説明をはじめる。アリテの頭の中には、すでにカメオをどのように修繕するのかということしか頭にないのだろう。


「私は、あなたに『アクセサリーの修繕に来たと思った』なんて一言もいっていませんよ」


 アリテの一言に、紳士と使用人は面食らった。


 修繕の例として、アリテはアクセサリーを出したまでだ。紳士が修繕を依頼するのがアクセサリーだとは、一言もいっていないのである。それは、あくまで紳士と使用人の思い込みにすぎなかった。


「荷物持ちの使用人が何も持っていないということは、依頼品は小さなもので間違いありません。しかし、主人がわざわざ足を運ぶのながら大切なものか高価なものに違いない。使用人なんて、高貴な方には荷物持ちでしかありませんから。そして、アクセサリーは小さいながらに高価で、思い出の品にする方は多いのです。だから、今回もそうであろうかと思いました」


 にこり、とアリテは笑った。


 その微笑みは、普段は見られないほどに華やかなものだ。ユッカは、アリテにもよそ行き用の顔があることを知った。


「……驚いた。話に聞いたよりも聡明だ」


 紳士は感極まっていた。そして、被っていたままの帽子を脱ぐ。帽子は対等な相手や目上の人間への挨拶の時に脱ぐものであるから、紳士はアテリのことをよっぽど気にいったのであろう。


「私は、ルーレンと言う。この町に住んでいるならば見かけたこともあると思うが、改めて挨拶をさせてくれ。我が家は、美しい人間が好きな家系なんだ。もっとも美しいものを愛でるのが好きなだけだから、あまり気にしないで普段通りに美しくいてくれ」


 変わった自己紹介であったが、領主一家の美形好きは本当の話だ。しかし、彼らは美しい女を無理やり召し抱えたりはしない。


 美しいものは、あるがままに愛でるというポルシーを持っているらしいのだ。もっとも使用人たちの顔はいいので、優先的に美形を雇っている節はあるが。


「では、ルーレン様。このカメオは、本当に修繕してもよろしいものなのでしょうか?」


 アリテの言葉に、ルーレンは改めて驚いたのであった。


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