第4話ドレス、修繕開始


 普通の町娘が、ドレスなど持っているはずがない。修繕を願った主が金持ちなのは予想すべきことだった。うかつだったのだ、とユッカは自分を責める。


 こういうことに考えが回らないところが、自分が幼いと言われる理由なのだろう。広い視野をもって物事をみることができないということは、冒険者にとっては致命的だ。もっと己を鍛えなければならないとユッカは奮起した。


「それにしても、よりにもよって領主だなんて……」


 この町には、二種類の金持ちがいる。成り上がりの商人たちと昔からの特権階級だ。この町を収める領主は特権階級であり、ユッカたちが納める税金で生活している。


 国という大きな単位で見れば、この町を治める領主など金持ちの部類には入らないだろう。この町の領主は基本的には善人で、自分たちの暮らしを質素にして無理な税の取り立てはしないようにしている。


 それどころか常に町の人々とも交流しており、町人たちは多かれ少なかれ領主一家を好いていた。どんなに善政をしいても町が王都から離れているので大きく栄はしないが、ほどほどに豊かで平穏に暮らせているのは領主のおかげであると言う気持ちがある。


 そんな領主一家ならば、古くてボロボロになったドレスであっても仕立て直して着るということも考えられた。王都で開かれるような茶会や舞踏会などに参加するなら立派なドレスをそろえるのだろうが、田舎で行われる貴族の社交には仕立て直したドレス程度でも参加できると領主一家ならば考えている可能性が高い。


「つまりは、貧乏貴族なんだよな」


 ユッカは、自分たちの領主の生活を一言で表した。アリテは、特に何も言わない。どんなに善政をしていても、第三者から見てみれば領主一家の生活は豊かとはいえないからである。


 そんな領主から修理を依頼されたドレスから、純度が高い金貨が出てきた。貧乏貴族ならば、庶民と同じように金貨五枚は驚くのではないだろうか。


「驚きすぎて斬首とかないよな……」


 ユッカは青い顔をするが、金貨を盗んだのならともかく返したら斬首というのはありえないだろう。アリテは、ユッカの思考回路を笑ってしまった。


「さて……」


 アリテは、ドレスを改めて見た。


 胸元に白い毛皮が付いた時代遅れのドレスは、だいぶ着古されていた。前の持ち主のお気に入りというよりは、これしか着るものがなかったのであろう。毛皮は毛が所々抜けて、ドレスに間抜けな禿げを作り出してる。


「このファーは取り外しが出来るようです……。よくかんがえています。一着で二枚の役割を担うことが出来ますから」


 だからこそ、徹底的に着古されたのであろう。ドレスというのは、たっぷりと布を使うので高価な代物だ。絹の布地やレース。貿易でしか手に入らないようなビーズなども使用されれば、さらに価値は跳ねあがる。


 ユッカたちが見つけた金貨であっても流行の最先端のドレスならば、二着買うのがやっとであろう。王都の貴族たちのなかには、そのような高価なドレスをシーズンごとに買い替えることもあるとのいうのだから金はあるところにはあるものである。


「金貨がいつまでも店にあるのも物騒ですから、三日で仕上げますか。ここまでボロボロだと修繕というよりは、作り直しになりますが……」


 時代遅れのドレスからパーツを取り出して、新しいものを作り出す。


 アリテは、そのように言う。


 修繕師としての仕事の範疇ではないのかもしれないが、そのような仕事もアリテは得意としていた。むしろ、修繕よりも楽しそうにこなすこともある。


「ユッカ、お願いがあります」


 アリテの言葉に、ユッカはびっくりした。アリテに「お願い」なんてされるのは、初めてのことだったのだ。大人だと認められたような気がしてユッカは内容を聞く前に「いいよ」と答えた。


「しばらくは、店で用心棒をしていてください。金貨なんて店にあるだけで危ないんですよ。だから、こんなときこその冒険者です」


 頼りにしていますよ、とアリテは言った。


 言われてみれば、アリテの言う通り店に価値の高い金貨があるだなんて物騒なことである。護衛はいないよりもいた方が決まっている。そして、冒険者にとって護衛はよくある仕事の一つでもあった。


 さすがに要人の護衛などは引き受けないが、旅の商人に付き添っての護衛の依頼はよくあるものだ。彼らをモンスターや獣、盗賊と言った害から守って安全に目的地なで送り届けるのである。


 ユッカも経験したことある仕事であったが、商人と共に旅をしなければいけないという点を差し引いても実入りの良い仕事でもある。ただし、今回はちょっとばかり事情が違うので仕事の料金は相場よりも安くしなければならないであろう。


「えっと、一日あたり銅貨十六枚でいいですか?食事と寝床は提供しますから」


 いくらで引き受けようかとユッカが考えていれば、アリテ側から提案してくれた。護衛としては格安の料金であったが、今回に限って言えば旅のお供をするわけではない。


 友人の店の警備で、三食付くのだから妥当である。食事内容によっては、もっと安くても良いぐらいだ。


「俺は、いいけど。それより、ドレスは三日で直るのか?」


 ユッカの疑問を聞きながら、アリテはドレスをマネキンに着せる。未だに古びた印象のドレスを前にしたアリテは、品なく舌舐めずりをした。獲物を見つけた肉食獣のようで楽しそうだ。


「間に合いますよ。だって、ドレスは代わりの材質を探すのが一番大変なんですから。そして、もう一番大変な作業は終わっています。あとは、楽しいだけのお直しですよ」


 ハサミが布を断ち切り、古びた布と取り替える。レースは取り外して、汚れを落とすべく洗剤を使っている漬け置き洗い。禿げている毛皮は取り外し、新たな形の飾りを作りなおす。ドレスと同じ布で作られた数少ないボリュームのあるコサージュは作りを確認し、これも新しい布で制作していく。


 あっという間にドレスはアリテの手で、バラバラにされていった。今この瞬間のドレスは、元の形状を留めていない。



 これが、三日後に元通りになるのか。


 ユッカは、それが不安だった。


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