第6話義母のおもざし


 ユッカたちが住んでいる町は、規模こそ小さいが竜の伝説を伝える数少ない集落でもある。


 山に住んでいた竜が暴れた時に、旅の少女が現れた。その少女は町に伝わる伝説の剣を抜いて、勇敢に竜に立ち向かったのである。そのような昔話をユッカは、祭りの演武を通して学んできた。


 物語の少女のその後は誰も知らないが、彼女が領主の一族と結婚したと信じる老人は多い。領主の一族もそれを信じており、自らの祖先が竜から命がけで救った土地と民の平穏を守ることに尽力しているのである。


 そして、町の平和は領主一族の善政によって長年保たれていた。その功績を想えば、ユッカの背筋も自然に伸びるというものだ。


「私は、アテリといいます。お父様には多くの品を任せて頂きました」


 アテリは、丁寧な礼を取る。


 簡略化こそされていたが、高貴な教育を受けた者の礼であった。それはユッカには分からない事だったが、ルーレンは舌を巻く。そして同時に、アリテという青年に興味を持った。


「どうぞ。若輩者でございますが、ご贔屓下さい。このカメオは、持ち主の思い入れがとても強いものに感じましたので……修繕をするのかの確認が必要だと思いました」


 貴族が王族にするような堅苦しい喋り方をするアリテに、ルーレンは「楽にしてくれ」と言った。


「美形にかしずかれるのは好きだが、必要以上の礼儀を町人たちに求める気はない。普段通りに接してもらえると私も楽だ」


 気楽に笑うルーレンに対して、アリテはカメオの首飾りを返そうとする。本当に修繕を躊躇っているアリテの様子に、ルーレンも戸惑うしかなかった。


「このカメオは、母が生前は大切にしていたものだ。どんなときにも離さなかったカメオは、まさに母の象徴だった。そんな母も亡くなってしまい……。高齢のために病気がちになった父も、療養のために町を離れることになった」


 遠く離れた地に一人で行く父に、母の思い出を持たせてやりたい。その思いから、ルーレンは修繕屋のドアを叩いたらしい。


「療養っていうことは、領主様も代替わりをするんだ……」


 臥せるようになってからは町では見なくなったが、領主は穏やかな人柄の人物であったそのため、良い思いでしかない。そんな領主が遠くへ行くという寂しさと同時に、若いながらに新たな領主としての責任を背負っていくルーレンがユッカは心配になる。


 そんなユッカの心配を読み取ったらしいルーレンは、彼の向かって優しく微笑みかけた。


「私のところには優秀な部下たちが集まっているから、町の皆には迷惑をかけない。それに、妹も色々と手伝ってくれる。年齢的には嫁入り先を見つけてあげないといけないのに……そこまで手が回らなくて。一ヵ月後に、ようやく結婚相手の候補と顔合わせだ。兄として情けないよ」


 ルーレンは、少しばかり悲しそうな顔をした。


 妹が嫁に行ってしまうのが寂しいのか。それとも、良縁を探してあげられないのが口惜しいのか。ユッカには兄弟がいないから分からないが、年頃の女姉弟を持つと言うのは色々な葛藤があるらしい。


「そうだ!金貨のドレス!!あれって、領主様のも……」


 客の個人情報を漏らすなとばかりに、アリテは店に飾っていた甲冑をユッカに投げた。ルーレンは、その暴力的な光景にぎょっとする。使用人は、自分のトンカチ事件を思い出したようで震えていた。


「驚かないで下さい。これは年若い冒険者に対する非合法な触れ合いです」


 非合法な時点で色々と駄目であろう。だが、それを指摘する人間はその場にはいなかった。


 ルーレンなどは、アリテがあまりにもはっきりと言うので庶民の風習なのだろうと納得してしまっている。後ろで、使用人が「違います」と首を振っているのにも関わらずだ。


「目元の穴を一番に治したいと思うのですが、この穴は人工的に開けられたものです。そして、穴は持ち主が開けたものでしょう。穴を開けたのはお母様だと思われます」


 ルーレンの眉が、ぴくりと動いた。


 カメオの傷については、ルーレンも思うところがあったのだろう。普通のカメオは滑らかに磨かれて、彫刻の凹凸こそあれども穴が開いているということはない。そして、アクサセリーに偶然穴が開くような事態も考えられない。


 ルーレンの母が譲り受けたときには、すでに穴が開いていたという可能性はあるかもしれない。しかし、いくら理由があったとしても穴の開いたかカメオを譲るということは考えにくかった。


「この目元の穴は、お母様が錐などを使ってご自分で作ったものではないのですか?どなたか……親しい人を想うために」


 アリテの言葉に、ルーレンは明らかに狼狽する。使用人は不安そうにしながら、何も言わない。目元の穴に関係する人物は、領主の家にとっては旧知の人間なのだろうかとユッカは思った。


 やがて、ルーレンがおずおずと口を開く。その様子は、予想外の人物の存在が浮かび上がって戸惑っているようでもあった。


「私を産んだ母は、私を産んだ直後に亡くなっている。後妻としてやってきた義母が妹を産んで、その後は女主人をやっている。このカメオは、私の実母の物なのだが……」


 まるで重大な秘密を明かすように、ルーレンは言葉を選んでいた。


「目元に泣き黒子があるのは、義母なんだ」


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