第24話 佐々木の来館

その週末の金曜日。私は、職場である図書館でちょっとしたヒーローになっていた。


「これが、マッキーのサイン本…!?」


非常勤職員で、マッキーの大ファンである夏川さんがキラキラと目を輝かせてその本を掲げる。


「遠藤さん、すごすぎる……!どうやってこんな貴重なものを?」

「ま、ちょっとしたコネがありまして……」


正直に友人からもらったというのも何か芸がない気がして、思わせぶりなことを言っておいた。夏川さんは「記念に…!」とスマホをかまえて、サイン本とツーショットを撮っている。


「でもこれでいっそうネット文学賞の棚が盛り上がりそうですね!」

「図書館のSNSでも宣伝しましょうよ。マッキーのサイン本あります!って」


キャーキャーと盛り上がる職員をよそに、館長はなんだかおもしろくなさそうな顔だ。

まぁ、そうでしょうね。決裁は通してくれたものの、「ネット文学賞なんて利用者は興味あるの?」と半信半疑な態度をとっていたから。

一概には言えないけど、どうして老人は新しいことをやろうとするとまず懐疑的な姿勢から否定してくるのか。新しいことにリスクが伴うのは理解できるけど、じゃあ「やらないリスク」の責任はだれがとってくれるの?と思ってしまう。


とはいえ、私もそろそろアラフォーに片足突っ込んでるわけで……。

”若者代表”として、すぐに独身荘の宮村美鈴の顔が浮かぶ。あいつからしたら、私も「口うるさい老害」ってことなのだろうか?


なんとなくうすら寒い気持ちになってきたとき、聞きなれた爽やかな──爽やかすぎて腹の立ってくる声がした。


「へぇ、マッキーの新刊、サイン本があるんですね」


──来た来た。就業時間終わってから来いって言ってるのに、この男は……。


「あらっ、あなたは遠藤さんの……」

「どうも、佐々木雄吾と申します。マッキーの新刊、良いですよね」

「まあうれしい!私、マッキーの大ファンで……でも佐々木さんのファンになっちゃいそうだわ」


夏川さんがキャハハとはしゃいだ声を上げる。このイケメン好きめ。

私はため息をついて振り返る。視線に気づいた佐々木が、「おっす」と手を上げた。

今日は全身、おそらく自動車メーカーみたいな名前の高級スーツブランドで固めていらっしゃるようだ。先日、電話で散々自慢されたオーダーメイドのやつだろう。


絶対今日ケチャップこぼしてやろう、と胸に誓う。


「仕事、何時に上がりそう?本読んで待ってる」

「……今日とんでもない残業が入っちゃって、日付変わりそうなんですよね」

「遠藤さんたら早番のくせに何言っているの!あと5分すれば上がりですから!」


夏川さんをすっかり味方につけた佐々木は、にっこりと微笑んだ。


「それじゃ、待ってるよ。それからいつもの店、行こうぜ」


──いつもの店? そんな店存在しないだろーがっ。

内心そう突っ込みつつ、面倒くさいので「はいはい」とうなずいておく。


初めて佐々木を目にした職員の若い女の子たちが、チラチラ佐々木と私を見比べて何やらヒソヒソ話している。

そこに夏川さんが強引に割り込んで、「カレシなのよ、カレシ!」ととんでもないデマを流布している。……けど、否定するのも面倒なので無視しておく。


「え~……本当ですか?なにか、デートサービスとか、ママ活とかじゃなく?」

「だってどう見ても、顔面偏差値の高低差ありすぎて耳キーンってするやつですよ?」


結構ひどいことを言われている気がするが、無視だ無視。


まもなく就業時間が終わり、着替えを済ませてロッカールームから出てきたら、ヒソヒソ話に興じる女子たちのほうへ佐々木が歩み寄っていくのが目の端にうつった。


「いつも遠藤がお世話になっています」

「え!? あ、そんな……」

「私たちのほうこそ、遠藤さんにはいつも助けて頂いて……」


あたふたと媚びた笑顔を作る女子たちに、佐々木は微笑んだまま尋ねる。


「ここってAI関係の本はどこにあるかな?」

「あ、それでしたら……あちらの棚のほうに」

「そっか、君たちも読んでおいたほうがいいよ」

「え…?」


佐々木の黒い目がキラリと光った。──これは、容赦ないときの目。


「君たちみたいな職員が、まっさきにAIに仕事を奪われるからね。遠藤くらいの創造性を養っておかないと、10年後には独身無職だよ。あ、独身は遠藤も一緒か」


「ちょっと、流れ弾飛ばすのやめてくれます!?」


思わず突っ込んでから、おそらく生まれて初めてであろう角度からの攻撃を受けて茫然としている女子職員たちに、気まずい思いで会釈しておく。


「それじゃ、私は上がるから。お疲れさまでした」

「よし、飲みいくぞー!おまえのおごり!」

「いつもの店って、このあたりで一番安い店のことで合ってますよね?」

「バカヤロウ、俺たちが一番最初に会ったレストランのことだよ」


屈辱に頬を染める女子職員たちは捨て置いて、私は夏川さんに挨拶をして、佐々木と連れ立って図書館を出た。

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