第23話 佐々木からの電話
◆SIDE:遠藤冴子
リビングでサクラとお茶を飲みながらダラダラくつろいでいると、会社から帰ってきた舞が、「冴子さん、お土産です」とぶっきらぼうに四角い堤を差し出してきた。
「なにこれ? すし詰め?」
「そんな昭和な土産じゃないですよ」
「えー寿司がよかったんだけど」
文句を言いながら包み紙を破ると、中には今度うちの図書館で特設コーナーを作ることになっているマッキーのエッセイ集『マキマキなるままに』が3冊入っていた。
「どしたの、これ」
「もらいました、本人から」
「え、本人から?」
意味がわからずに本を開いてみると、間違いなく本人のサインが背表紙にサラサラと書かれている。
「えっ!! 舞、もしかしてこれ、私に!?」
「マッキーと会う機会があったので」
そっけなく返す舞に、珍しく私は自分からがしっと彼女の背中に抱き着いていた。
「舞、ありがとう!! めちゃくちゃうれしいし、ありがたい」
「……展示の目玉になります?」
「なるなるなる!」
”サイン本”の威力は、たぶん一般の方が想像するよりもはるかに大きい。特に、マッキーみたいな固定ファンの多い作家さんならなおさらだ。冴子の勤める地味な図書館にとっては、強力な集客アイテムになるに違いない。
「本当に有難いわ、舞。貴重なサイン本を3冊ももらえるなんて」
「はい? 3冊なんてあげませんよ!1冊だけ!」
私の言葉に、あわてたように舞がサイン本を2冊回収していった。
「1冊は、桃花にあげるんです。マッキーのファンだから」
ああ、そういえば最近スマホの待ち受けもメッセージにつけてくるスタンプも、マッキーのものが多かったっけ。
「なるほどね。わかった、じゃあ1冊はあきらめる。でも、もう1冊は!?」
しつこく食い下がる私を訝し気に振り返ると、舞は面倒くさそうに手を振って、ウォーターサーバーの水を一気飲みする。
「あと1冊は、転売用です」
「あっ、最低!それ、一番最低なやつ。すぐ通報してやる」
「さっき相場調べたら、5万円はいきそうでしたよ。電子レンジ、買い換えます?」
最近調子の悪い家電の買い替えを提案されて、一瞬冴子の目の色が変わった。
「やっぱり、このサイン本を一番欲しがっている人のもとに届けたいよね。転売って人に幸せをシェアする仕組みだと思う」
「手のひら返しすぎだよ、冴子ちゃん……」
傍らで二人の会話を聞いてたサクラが、苦笑しながら力なく突っ込む。
「まあ転売は冗談ですけど」と笑いながら、舞はサイン本を1冊しっかりとカバンの中にしまいなおした。
「これは、私が読みます」
ええー!と私は大げさに驚いてみせた。
「マンガ以外は本と認めていない舞が? 商品パッケージさえまともに読めない舞がぁ~?」
「ちょっとボラギノールとカルボナーラを読み間違えただけでしょ。しつこいですよ、冴子さん」
憎々し気に私を睨みつけてから、舞はちょっと首をかしげて笑った。
「久しぶりに読書したいって気になりました。部屋でゆっくり読んできます」
その背中を見送ると、私はサクラと目線を交わした。
活字なんて大嫌いな、合理主義者の舞が、本を読むとは。
「どうしたんだろうね。相当マッキーがかっこよかったのかな」
「この小説が気に入ったんじゃない? 実際、すごく売れているよね」
サクラの指が、パラパラとマッキーの著作のページをめくっていてく。正直私は、若者言葉満載の内容についていけなくて、途中で読みのをやめてしまったのだけれど……。
早番で上がった日に、薄暗い部屋でココアを入れて、ゆっくり読んでみたいような気もする。
そのとき、唐突にスマホが着信して震え出した。
私はちらりとその画面を見つめ、何事もなかったかのように小説の陳列アイディアを話し出した。
──だが、スマホは鳴りやまない。
「あの冴子……電話鳴ってるみたいだけど」
サクラが控えめに教えてくれるが、私は満面の笑みで首を振る。
「ああ、これは定期的にくる迷惑電話だから大丈夫」
「表示名、佐々木さんじゃない……」
「そうね、登録名を『迷惑電話の疑いがあります』に変更しておかなきゃ」
「早く出た方がいいよ!」
サクラに強引にすすめられて、私はいやいやスマホを耳に当てた。
「……もしもし?」
『あっ、やっと出た!』
聞きなれたあいつ──佐々木雄吾のバカでかい声が、須マホの向こうから聞こえてくる。
『おまえな、いちいちもったいぶってないでさっさと電話に出ろ! どうせ暇人だろ!?』
「そちらこそ、相当お時間もてあましてません? こちら、公営の相談チャンネルじゃないんですけど」
『んなことわってるよ、バカヤロウ。だいたいそういうサービスなら、もっと協力的な態度で話してくれるもんじゃないのか!?』
「私に勤務外労働求めないでくれます?」
いつも通り、佐々木と話すといつもこうなる。
本当に、弁護士のくせにこいつは相当ヒマなのか、3日とあけずに電話をかけてきては、くだらない話を一方的にして切ってくる。用件は何なのよ、用件は。
『それで、結局おまえはいつ俺に奢るんだよ?』
「……そんな約束してましたっけ?」
『しれっとすっとぼけやがって。初回デートと二回目の飲み会!あと、合コンをすっぽかした貸の分!』
「初回? ああ…アレをデートっていうのやめてもらえません?」
『俺だって言いたかねーけど世間一般ではデートって言うんだよ!!』
その後も佐々木はしつこく「飲みにいこう」と誘ってくる。ほかに友達いないのだろうか。まぁ、こちらも人のことを言えるような豊かな交友関係は持っていないけど。
『とにかく飲みに行くぞ。大清算スペシャルだ』
「ワンチャン累積額がチャラになりそうなイベントでいいですね」
『俺をチャラついたテレビマンと一緒にすんな。そんな意図は1ミリもねぇよ』
「来年の節分まで予定がいっぱいなんで」と言おうとしたところで、私は自分も佐々木に言いたいことがあったのを思い出した。
「……いいですよ。いつにします?」
『明日!』
「どんだけ暇人なんですか。週末にしましょう」
こうして、私は佐々木と週末に飲みに行く約束を取り付けて電話を切ったのだった。
ふと顔を上げると、サクラがニコニコと楽しそうな目でこちらを見ている。
「……何?」
「いや、すごく楽しそうだなって」
「そう見える?」
思いっきり嫌そうな顔をしてみせる私に、サクラは嬉しそうに何度もうなずいた。
「冴子ちゃんが、男性とそんなふうに心を開いて話しているのを、初めて見たかも」
「……まぁ、確かに気楽な相手かも」
確かに、初対面のときにはまさか二人で飲みに行ってもいいと思うくらいの仲になるとは思わなかった。サクラはチューハイで少し酔っているのか、機嫌よさそうに頬杖をついている。
「それよりサクラはどうなのよ、ヒロキさんと」
「ヒロキくんは、私に恋愛ってこんなに素敵なものなんだって、毎日教えてくれてる」
「おード直球のノロケ!」
聞いているこちらが恥ずかしくなって茶化すと、サクラはふふふ、と可愛く笑った。
「自分の知らない自分を、ヒロキくんが教えてくれるの。私、ヒロキくんのことを毎日好きになるし……自分のことも、前より好きになってきた気がする」
「……へぇ。なんかいいなぁ」
正直言って、そんな恋愛をしたことはない。
サクラはいい恋愛をしているんだろう。それはサクラが素直で優しい子だからで、そして相手のヒロキさんも誠実な人だからなんだと思う。
ふっと頭に佐々木雄吾の顔が浮かぶ。
自己顕示欲の塊で、拝金主義で、見栄っ張りで、いまだに中二病に片足突っ込んでいる、おしゃべりクソヤロウ。
『いいか、少女漫画みたいな恋なんてありえねぇ。現実を見ろ、現実を。どこ見回しても、破れ鍋と綴じ蓋だらけじゃねーか』
脳内の佐々木の言葉に、思わず吹き出しそうになって、私は必死に笑いをかみ殺した。
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