第25話 クレーム
一度佐々木と行ったことのある、近所の小汚い居酒屋のカウンター席に座ると、私たちは日本酒で乾杯した。
「寒い日にはコレだよな……。あ、大将、而今ありますか?」
「しれっとプレミアム日本酒頼むのやめてくれます!?大将、鬼殺しで」
ぬる燗に刺身やもつ煮込みなどを注文して、あらためてサシで飲み始めると、やはり悔しいことに、佐々木との話は面白かった。
佐々木はペラペラと気持ちよさそうに、最近担当した事件のことを話してくれる。それがもう、ドラマ化したほうがいいんじゃないかってくらいおもしろい老舗企業とスタートアップ企業の合併話で、私はゲラゲラ笑ってしまった。
「その話、絶対テレビ局に売り込んだ方がいいですよ!」
「バカヤロウ、弁護士には守秘義務ってもんがあるんだよ。職を失っちまう」
「じゃあ私がかわりに書いてあげますよ。You GO 佐々木ってペンネームで」
「ペンネームださっ!てか、それってすぐ俺だってバレるよな?」
そんなくだらない話をしていると、ふいに佐々木が真面目な顔になった。
「そういえば、あのサイン本どうしたんだよ、ほんとに。一介の図書館職員ごときに、芸能人とのコネがあるとは思えないけど」
悪かったわね、ごときで、と睨みつけてから、私は素直に白状する。
「あれ、永森舞にもらったんです。有名なIT企業で社長秘書してるんですけど、今度マッキーがCMキャラクターになるらしくて」
「永森さん、って……こないだ合コン来てくれた、仕事できそうな美人?」
「そうそう、それです!」
そこまで言って、私は佐々木へのクレームを思い出した。
「というか佐々木さん!私ちょっと話したいことがあるんですけど!」
「ああ、そういえば話があるって言ってたよな。告白か?だったら店変えるけど」
「そんなわけないでしょう。クレームですよ、クレーム」
私はぐいっと日本酒のグラスを干すと、キョトンとした顔の佐々木を横目でにらんだ。
「聞きましたよ、舞と桃花から。二人ともそちらが連れてきてくれた若い弁護士さんと、デートしたらしんですけど……」
「へーそうなんだ。全然知らなかった」
「そしたら、舞とデートした方は一夜かぎりで音信不通! 桃花とデートしたほうはなんと彼氏持ちだったとか。どういうメンツの集め方してるんです?」
合コンが終わった翌日は、あんなに盛り上がっていた舞と桃花だが、その後話を聞いてみると苦々しい顔で「やり逃げされた」「そもそも彼女がいた」と教えてくれたのだった。
私のクレームを聞いて、佐々木はおかしそうに笑いだした。
「ほら、だから言っただろ?合コンでの出会いなんてカウントしちゃダメだって」
「責任転嫁するのはやめていただけます!?私は誠実な人を連れて来いっていいましたよね!?」
「山本と持田も、男の中じゃイイヤツだよ。先輩立てるし、後輩の面倒見いいし、明るいし」
こともなげにそう言って、佐々木はグラスをあおる。
「男社会の中では、”女に誠実かどうか”なんて何の評価対象にもならねーからな。俺は俺の基準で、”イイヤツ”を選んできただけ」
女性側としてはなんとも勝手な言い分だと思うが、正直一理あると思ってしまって、私はふてくされて肉じゃがをつつく。佐々木は肩をすくめて続ける。
「彼女たちも、その場は楽しそうだったし、デートもしたってことは付き合うチャンスも、彼女から奪い取るチャンスもあったってことだろ。でもその機会を活かせなかった。それは自己責任だろ」
「……そちらの言い分はわかりました。こちらの結論をお伝えしますね。もう絶対あなたに合コンは頼みません」
私が冷たい声でそう返すと、佐々木はおかしそうに声を上げて笑った。そして、ハッと険しい顔になってこちらを睨んでくる。
「ていうか、そもそもおまえ来なかったじゃねーか!おまえのために開いてやったっていうのに」
「私は佐々木さんのために欠席したんですよ。あっ、自分が舞にも桃花にも相手にされなくて、後輩に美味しいところをとられちゃったから嫉妬してるんですね?」
「するかボケ!!」
佐々木の声の音量に、周囲の視線が集まるのを感じる。私は慌てて声を潜めた。佐々木も気まずそうに目を伏せている。
「ちょっと、声デカいですよ」
「……おまえがあおったからだろ」
小汚い大衆居酒屋のカウンターで、超高級スーツを身に着けたイケメン弁護士が、恥ずかしそうに体を小さくしている。その図がおもしろくて、私は必死で笑いをかみ殺す。
佐々木は気を取り直したように、日本酒のおかわりを頼んだ。
「まぁいいや。今後は合コンなしな」
「こっちのセリフですけど!?」
思わず言い返すと、佐々木は黒い目をいたずらっぽく細めて笑った。
「ふたりで会おうぜ、俺らは」
「……はあ……会う機会があれば」
ふたりで会うなんてごめんですよ!──そう言いたかったはずなのに。
なんだか胸がもやっとする気がして、気が付くと私は曖昧な言葉でうなずいていた。
「機会は作るもんなんだよ!どうせ暇人だろ?俺の予定に合わせろよ」
「どう考えても私よりあなたのほうが暇を持て余してますよね!?迷惑電話が多すぎていい加減ブロックしようかと思ってるんですけど!?」
そして結局、その日も私たちはベロベロになるまで飲み明かし、気づくと佐々木が「見よ……これがブラックカード!!」と泣く子も黙る漆黒のクレジットカードを某ポケモンカードの必殺技のように繰り出し、酔っぱらった私は「かがやくゲッコウガ!!」と涙ながらに称賛して、佐々木におごってもらった上にタクシー代まで握らされて帰ったのだった。
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独身荘の前でタクシーを降り、佐々木の万札で会計を済ませると、私は気分よく家の玄関に続くポーチの階段をのぼろうとした。
そこで、ふいに──奇妙なものを見つけた。
女が、泣いているのだ。
それがサクラなら慌てて駆け寄ったし、舞か桃花なら「この泣き上戸が」と文句を言いながら肩を貸しただろう。
だが、そこで泣いていたのは──あの、宮村美鈴だった。
襟元が乱れたスーツ姿で、パンプスは片方足から外れてしまっている。
えんえんと人目もはばからずに泣く美鈴に、驚き……私はどう声をかけたものかしばらく逡巡していた。
しかし、泣き止む気配がないので、意を決して彼女に近づいていく。
「……宮村?」
名前を呼ばれて、美鈴がゆっくりと顔をあげる。いつもきれいに化粧されている顔は、ぐちゃぐちゃに乱れ、真っ赤な目から頬へ涙が無数に流れていた。
「冴子…さ……」
私の存在にきづき、一瞬目を見開き──それから、宮村はいっそう大きな声で泣きじゃくった。
「冴子さ……私……どうしよ……」
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