第4話 : 舞台探訪 [2]

エレベーターに乗ってしばらく待つと宿のある階に到達する。 エレベーターのドアが開くと、頭をひょいと突き出して周りを見回す。 誰もいないことを確認して慎重に降りる。


「もしかして何かありましたか?」その姿を見たホテルの職員が首をかしげて尋ねる。


「ああ…何もありません。」 祐希は必死に手を振っている。 こうするのがより一層怪しく見えるだろうが、すでに栞奈に神経が尖らせている。 今重要なのは荷物を早く部屋に置いてここを抜け出すことだ。


職員が部屋の前で立ち止まり、ついてくる祐希もやはり同じことをする。


「さあ、ここです。 他に必要なものはございますか?」


「ありません。ありがとうございます。」


「はい、楽しい旅行になりますように。」


祐希は素早く荷物を中に運んでから何か抜けていないか考えていると電話が鳴る。 弘の番号であることを確認し、慎重に電話に出る。 やはりそのように一人でホテルに送ったのが内心不便だったようだ。


「もしもし?」


「はい、チェックインはうまくいきましたか?」


「そうだね。今部屋に着いて荷物を置いたの。」


「私がレストランを予約しておきました。 すぐにいらっしゃればいいと思います。」


「そうだね、今すぐ行くよ。」弘が待っていると思うと、もっと焦る。


祐希が早足で廊下を通ってエレベーターの方に行く時、すぐ栞奈が目の前を通り過ぎるのを見つけてびっくりして携帯電話を落とす。 その際、栞奈も怪しい気配を感じたのか祐希のいる方に視線を向ける。 祐希は何か罪でも犯したかのように電話機を拾って非常階段に隠れてしまう。


「え?何かあったんですか?」弘もやはり騒ぎに気づいて聞く。


「ああ…何でもない。」祐希は小さくささやきながら弘を安心させようとする。


「本当に大丈夫ですよね?」弘は不審そうに問い返す。


「大丈夫。」祐希はやはり平気な声で答える。


「はい, 分かりました。」 弘は祐希が慌ててどもるのを聞くとさらに不安になるが、ただ大したことないと無視する。


「今すぐ行くよ。」祐希は今大きな声を出せば栞奈にバレそうで電話を急いで切ってしまう。


祐希はすぐエレベーターに乗ろうかと思ったが、このまま階段で1階まで降りる。


ホテルの職員に見送られながら建物を出て、まっすぐ道沿いに弘のいるカフェに戻ってくる。


「ごめんね。少し遅れたよね?」祐希は努めて平然とした表情をしようとするが、同じ道を4回も歩くと腹が立つしかない。


「いいえ。チェックインはよくできましたか?」弘が祐希を見るやいなや手を振りながら迎えてくれる。


「うん。」すべてが弘の小説のための犠牲だと努めて心を楽にすることにする。 弘がこの旅行に満足感を感じ、良い小説を書けるなら何でもしてあげることができる。


「私の上着は持ってこられたんですか? 財布がそこにあるんだけど。」 弘が象の鼻アイスクリームとロールケーキをもう一度注文しようとしている。


「ああ、そうだ。 何か忘れたと思ったけど、それだったんだ。」祐希が実際にそれを聞くと胸がドキッとする。 予期せぬことが起きて計画がこじれたのだから、本当に大きな失敗に違いない。 よりによって持って行かなければならないものを点検している時、弘の電話が来て、栞奈に偶然会ってはいざ重要な目的が頭の中から完全に消えてしまった。 その時はこれを気にする暇がなかった。


その時、カフェの店員がまるで2人の会話がどんな意味なのか気づいたかのように心配そうな表情をしながら割り込んでくる。


「あの、お会計はどうなさいますか?」


「あ…ちょっと待ってください。」店員の催促により一層焦るが、努めて心を整理して落ち着いて考える時間を持とうと思う。


「はい。」


弘は再び祐希に顔を向ける。


「そこに財布が入っていますが、どうすればいいですか? 今からでも行ってこなければならないのか。」


「そうすべきか…」 そこに戻らなければならないという考えで気が狂いそうだ。 今も弘のためにたった一往復したのに、無理にまたしなければならない状況だ。 無駄使いに過ぎないような気もするし、意志を試されるような気もする。


「ところで今レストランに予約してあるので、これだけ食べてすぐそこに行かなければならないようです。」


「じゃあ、そのままそうしよう。 財布があるからレストランは私が出すよ。」祐希はその答えをむしろ歓迎する。 むしろこれがよかったことだ。 どうせ時間の余裕がないと努めて肯定的に合理化する。 潔く認めたほうがかえってましだ。


「え?本当に申し訳ないんだけど。」


「いや、これは私が持ってこなかった過ちでもあるし、私たち二人の初めての旅行なのに内心買ってあげたかった。」 言葉では仕方なく申し訳ないと言うが、弘もやはり無料昼食を内心喜んでいるようだ。 どうしても弘には言えないけど、もしかするとホテルに戻って栞奈に出くわすのではないかと怖い。


「ありがとうございます。」


結局、彼はアイスクリームとロールケーキを支払い、静かなテラスに落ち着く。


「こんなにお世話になりますね。」


「大丈夫。気にしないで。」 このような頭を悩ませたくないので、頑張って海を眺めながら余裕を楽しもうと思う。


「近くにこの小説に出てきた有名なショッピングモールがあるが、そこから行って何か食べるのはどうですか?」弘は澄んだ空に遠く広がる美しい海を鑑賞しているのに、いざ祐希の顔色があまり良くないので気が悪くなる。 退屈な慰めを兼ねてぎこちない雰囲気を少しでも変えてみようと先に昼食を解決しに行こうと提案する。


「それはいい考えだね。」 弘の提案を歓迎する。ホテルとカフェを行き来して苦労してみたら、虚脱した感情が飢えの苦痛をさらに強くしているようだ。


そんなに不便な雰囲気に勝てず、祐希と弘はロールケーキとアイスクリームを適当に食べて起きる。 場所と風景が変わればきっと気分転換にもなるだろう。 ここであったことはここで忘れて、新しい心構えで新しい場所で新しい思い出を作ろうと思う。


一方、栞奈が向かったところはランドマークタワーというそびえ立つビルだ。 横浜の全景を一望できる場所だ。 以前できなかったのが内心残念で、この機会にきちんと鑑賞しようと思う。 階段の方をちらりと見てエレベーターに乗り込む。 汗一滴も流さず展望台に到着する。 自動車、建物、人、すべてが小さな点に見えるくらっとする光景が繰り広げられる。 ビルの森の向こうから空と接する広くて青い海を眺めると、どれほど高いところにあるのか実感できる。


結城と弘はベイクォーターと呼ばれる大きな船型ショッピングモールに到着する。 海辺に近いせいか生臭い香りが強烈だ。 弘は小説の中の人物たちがここでどんな気持ちだったのか疑問に思わずにはいられない。


「実はここにもっと早く来ようとしたのに遅れましたね。」


「そうだね。」


「ここでお腹を満たしてから、船に乗ってウェアハウスの方に行けばいいと思います。 事前に予約しておきます。」


「うん、好きなようにしろ。」 理由がどうであれ、望むことは変わらない。


結城と弘は近くのレストランで昼食をとることにする。


「来てみてどう? 何か感じることある?」


「まだよくわかりません。 私も実はここに来るだけで何かいい考えが浮かぶだろうと思っていたのですが、どうもただの欲だったようです。 もう少しゆっくり時間をかけて感じてみなければならないようです。 そうすると、何か気がつくことがあるんじゃないかなと思います。」


「そうだね。こんなに貴重な時間を投資してきたんだから、ぜひ何か得られるものがあったらいいな。」


「ところで、本当にこんなにおごってもらってもいいんですか?」


「大丈夫。財布を取り忘れた私の過ちもあるんだ。」


「ありがとうございます。」


「そうだね。腹いっぱい食べて、ちゃんと遊んでみよう。」


弘はしばらく外を見ていると小説の内容が生々しく思い浮かぶ。 何が起こったのか、そして何を言ったのか。 ただ、何か相変わらず他人事のように感じられる。 その背景と違って急に雨が降らなかったためか、それともその場面のようなことが現実で起きることはないと考えたためかは分からない。 ここに初めて来たからかもしれない。 ゆっくり見ながら適応すれば、もう少し没頭できるかもしれない。


「気になることある?」祐希は微妙にぎこちない雰囲気を感じ、少しでも解いてみようと思う。 弘が何か言いたいことがあるようだけど、訳もなく緊張してぐずぐずしてばかりいるような感じだ。


「気になること…そうですね。 何を聞けばいいのか。」


「何でもいい。 このように他の人に妨害されず、二人きりで話をする機会があるときたくさんするのがいいじゃない。」


「私を本当に候補にしたかったんですか?」


「それはどういうこと?」


「それが実は最初に会ったのは祐希先輩が望んだものではなかったのは事実じゃないですか? 私が先に電話しては頑なに入りたいと言いましたから。 私も感じてるんですよ。 私がかなり足りないということを。 以前桃香先輩にちょっと酷いこと言われて自信もないようです。 反論もできないのが結局事実を言ったことだから。 私も認める部分なので。」


「なぜ?もし…私が気に入らないと言ったら、今さらあきらめるつもり?」


「あ…いいえ…」


「あ…じゃあ僕が気に入らないと言っても 図々しくそのままいるつもりだってことだね?」


「そうじゃなくて…」


「冗談だよ、冗談。」祐希は弘が途方に暮れているのを見て笑いを誘う。


「とにかく今大事なのは自信じゃない? そんなふうにぐずぐずすると、結局残るのは不安感だけだと。」


「最初、その自信に溢れていた話し方と行動はどこへ行ったの?」


「正直、自信を持たなければならないということは私も知っています。 ただ、少し心配になりました。」


「何が?」


「もし私が合格して部員になったら一緒に部活動をしなければならないじゃないですか?」


「そうだね。」


「そしたら私は桃香先輩だけでなく、他の部員とも良い関係を維持したほうがいいじゃないですか。 いや、そうしないといけないじゃないですか?」


「あ…それが心配なの?」


「はい。たとえ私が部員になっても桃香先輩に認めてもらえなかったら、今と変わらないと思います。 いや、私が勝って桃香先輩が望んだ人が落ちたら、この関係はもっと悪くなるのは明らかじゃないですか?」

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