第31話 恋する女はわかりやすい

忍は朝から興奮していた。


今日は朝テレビの占い運勢良かったし、

信号も赤信号に引っかからなかったし、

なんかいいことありそうな予感がしてた。


まさか


こんな奇跡が起こるなんて!


出社時、偶然出入り口で憧れの人松木と出会い、

最近食べ歩きが好きで新店を開拓していると聞き、

友人が店を出したと話すと興味をもち

「連れて行ってくれる?」

とまさかのお誘い。

今夜家族が留守なので外で食事したいからと、

「忍ちゃんさえよければ、お友達に今夜いけるか聞いてみてくれる?」

という流れに。


咲希、料理屋始めてくれてありがとうー!!


心の中で叫ばずにはいられなかった。

さっそく連絡すると、OKの返事。

松木にそれを伝えると、

「じゃあ今夜よろしくね」

とにっこり笑顔。


あぁもうだめ仕事どころじゃないうわのそら。

いやいや、やることはちゃんとしなきゃ。

こんなことならネイルのお手入れきちんとしとけばよかった。

男の人に食事誘われることなんて今までなかったから、女子力低下し過ぎ。

神様これからは自分を多少なりとも磨いていくので、どうかどうか今夜がいい日になりますように。


キーボードを叩きながら、忍の心はどこか遠くへ飛んでいた。



咲希は対象的に、自分磨きに余念がなかった。

朝からパックをしお肌を整え、美容ドリンクを飲み、メイクはいつもより赤めの口紅を、はがしていたネイルも薄っすら桜色に塗ってみた。


うん、やっぱり指先が輝くと気分が上がる。


なんでだろう、私。

南井さんに会えると思うと、なんでこんなにウキウキしてるんだろう。

最近浩輝さんに会う時にオシャレしようなんて思わないのに。


心の底では、元カレをまだ忘れていないのか。

だから、似ている人にドキドキしたりするのかな…


動機はどうあれ、久しぶりにときめきという感情がよみがえったことが、うれしくてたまらない。

自分をより良くみせたくて、いつもより髪もふんわり巻いてみた。

そうそう、この感じ。

デートの前とかに気合入れて身支度する気持ち。

こういうのが楽しいんだわ。


咲希さん、わかりやすい性格です。

既に、柴田への気持ちは冷めてしまっているのですね。

そんなとき昔の恋人によく似た優しい人に出会い…


あこがれくらいが一番恋愛楽しい頃です。

つきあいだしたら不満や価値観の違いなど、目につくアラはいくらでも出てきますからね。



出勤途中、花屋で買う花を、今日は少し高い豪華な花にした。


忍も会社の人と来てくれるらしいし、最大限のおもてなしをしよう。


実は生け花を習っていたこともあり、花を活ける腕前も見事なものなのです。

しかし花に興味のない柴田は、店に来て気に留めることは一度たりともなかった。


ランチタイム、ふらっと柴田がやってきて、昼食を食べながら咲希をみて言った。

「あれ、今日はなんかいつもよりきれいだね」


ドキッ


彼女の微妙な変化にはこの鈍感男も気づくのか。

「もしかして…」

えっ、何?

気持ちがそっぽ向いてるのバレた??


ドクッドクッドクッ


心拍数がどっと上がる。

「今日は昼オレが来ると思ってきれいにしてくれてたのかな?あはは〜」


ホッ

…なんておめでたい。

「そうですよ~」

社交辞令で流し、事なきを得る。

まさか他の男のためにきれいにしてると知ったら、このプライドだけはやたら高い男が、どんな暴挙に出るかわからない。

「そういえば今夜南井君来るんだって?」


ドキッ


その名がまさかこの人の口から出るとは。

「今夜咲希さんのお店におじゃまさせていただきますね、ってご丁寧にメールがきたよ。相変わらず律儀なやつだね。オレも同席したかったけど、あいにく別の接待があってね。よろしく言っといて」

「はい、もちろん」

帰りゆく柴田を見送り、咲希はほっと胸を撫で下ろした。



「いらっしゃいませ」

忍と松木が来店したのは夜7時。

あいさつを交わし、カウンターで横並びに座る。

「忍ちゃんから咲希さんのお料理は何でもおいしいと聞いているので、おまかせで出してもらってもいいですか?」

「もちろんです。苦手なものはございますか?」

「まったくないんです。昔から食いしん坊で」

笑顔が優しい爽やかな男性。

咲希は松木が心底いい人だと感じた。

ホステス時代から、人をみる目には自信があるのです。

そんな松木の横で、忍は高校時代の話などもうれしそうにしていた。


おや?


ははーん、これはもしかしてもしかすると…。


思わずニンマリ。


咲希は、今までにみたことのない親友のほころぶ笑顔に、特別な気持ちがあることを見抜いた。


「い、いらっしゃいませ」

夜8時。今度は南井が到着。

「こんばんは、咲希さん。これよかったら…」

手渡されたのは白いカラーの花束。

「この前お店の中すてきなお花が飾られていたので、お花好きなのかと思って、咲希さんに似合う花を撰んでみました」

「ありがとうございます…私南井さんから見てこんな可憐なイメージなんですか??」

「そうですね、清純で、凛としたたたずまいがピッタリです。あっ、紹介遅れました、今日の連れは僕の高校時代からの友人で、今は社労士をしてる渡辺君です」

ペコッとあいさつをした友人も、南井のように穏やかな感じの人だった。

類は友を呼ぶのか。

「偶然ですね、今日は私の高校時代の友人も来てるんですよ」

カウンターの角90度の斜め位置の席。

おたがい会釈した後は、時々話もしたりと和やかムード。

南井は咲希によく話しかけ、おたがい見つめあって微笑んだりしている。


あれ?

あれれ??


咲希、もしかして…。


その様子をみて、忍も何かを悟ったよう。


恋する女のサインは、なんてわかりやすい。

好きな人、あこがれの人の側にいて話ができる時は、

こんなにも笑顔が輝いて、うれしそうな表情をするものなんですね。

いくつになっても女子高生みたいに、キャピキャピはしゃいでしまうのが恋してる証拠なんです。

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