第30話 怒りのポテトサラダ

ドスッ、ブシュ、ゴフッ…


深夜、客のいない店の中から得体の知れない音が響く。

薄暗い店内でただひとり、ポテトサラダ用のじゃがいもをすりつぶす店主咲希。

はらわたの煮えくりかえる思いを食材にぶつけるなんて本来あってはならないことだが、どうしてもこの怒りを鎮めるために、茹で上がったじゃがいもをすりつぶしたかった。

「くそっ、あいつふざけやがって!いっつもえらそうにこのっ、このっ」

口調も少々荒い。


恋人柴田のもと夢の小料理屋を始めた咲希だったが、冷徹なビジネスマンとしての顔にうんざりしていた。

ありがたいことに忙しい日もあり、クタクタで一秒でも早く休みたい時も、必ず日報メールを送らなくてはならない。

それも売上からその日の経費を差し引き、客単価まで計算して報告が義務。

「めんどくさ…」

ため息がもれることもしばしば。

そして報告後は決まって、


了解。おつかれさま

の一文のみ。


事務的ないたわりなんかいらないのに。

天候も悪く客足が伸びなかった時などは、


明日はもっと頑張るように


とダメ出しまで来る始末。

思わずスマホを壁に放り投げたい時もあった。


一体、私はあの人の何なんだろう…


店をやるようになって、柴田が客として来客することはあっても、外でデートする機会はほぼなくなってきた。

セックスの強要をされない分、咲希はそのほうが楽だった。

けれど、それで恋人と呼べるのだろうか?

私は、あの人のこと好きなの?

あの人も、今や私のことは金を稼ぐ道具のひとつとしか思ってないのではないか。


そんな気持ちの中、相変わらずの上から目線な言われように、腹ただしさと、時に憎しみに似た気持ちも湧き上がる。

それなのに、仕事面で自分は恋人なんだから大目にみてほしいと思う、あまえた自分がいる。


幾度となく、閉店後来店し直接厳しいことを言われたこともあり、半ば本気で殺意が湧いたこともある。


仕事なんだから厳しいことを言われても仕方ない。

そう言われてしまえばそこまでたが、咲希の心の中には、今まで柴田はなんだかんだいっても自分には愛情があり優しくしてくれるという前提があった。


それがどんどん覆される。


私のことを好きだと言ってくれるなら愛せる。

でもそうでなくなったら…私はあの人を愛せない。

私は、私を愛してくれる人が好きなの。

大事にして、優しくしてくれる人がいい。

あまやかされたいの。

私のことを愛してくれない人を追いかける気なんてさらさらない。


あまえんぼうの末っ子気質、ここにあり。


仕事に厳しい人には、ふたつのタイプがある。

ひとつは、相手に成長してほしくて、あえて苦言を呈す人。

もうひとつは、己の利益のために相手を酷使する人。

柴田は、圧倒的後者のように感じられた。


モヤモヤした気持ちで潰されたじゃがいもも、味付けされおいしいポテサラになり食べられたら、負の感情もしっかり消化されそうだ。


この店の名物ポテトサラダ。

日替わりで具材を変えて出している。

隠し味に先に酢を少し入れ、マヨネーズのコクをよくなじませた人気メニュー。

「明日は…塩昆布と枝豆でお酒が合うポテサラにしよう」

仕上げたものは冷蔵庫で一晩よく冷やす。

味見で一口、パクっ。

「ん、おいしい」


軽く一杯やりたい気分。

咲希はグラスに赤ワインを注ぎ、深夜のひとり酒を始めた。

今日の日報は報告済み。なんの気兼ねもなく飲める。

スマホを開きメールを確認すると、思いがけない人からのメッセージが数時間前に入っていた。

『夜遅くすみません。明日、友人と一緒に飲みにいきたいのですが、20時〜2名席の予約は可能でしょうか?』

先日、子ども食堂の話で盛り上がった政治家の南井からだ。

「南井さんだ…」

あの日の話が盛り上がった楽しさを思い出す。

『仕込み中で、メールに気づくのが遅れてすみません。明日大丈夫です、お待ちしております』


ピロン♪


返信すると、すぐに通知音が鳴った。

『こんな遅くまで仕込みされてるのですね、おつかれさまです。どうかご無理なさらないように。咲希さんの笑顔が、僕もそうですがお客様を元気にしてくれるので』


こんな温かいメールくれるなんて…うれしい。

思わず涙がこみ上げてきた。


なんで泣くの?私。

疲れてるのかな

スマホの文面から、人の温かさを感じた。


明日、楽しみだな…


恋人柴田よりも、南井に会いたいと思う自分の気持ちに驚く咲希。

それもそのはず。初対面の時から思っていたけど、結婚まで考え本気で好きになった元カレと、南井はよく似ていたのだ。


あらあら

彼氏に嫌気がさしていたこともあり、咲希さん、悪い虫が出てきたようです。

浮気したい気持ちがムクムクと…

これが、恋多き女と呼ばれる所以なのですが。


常に恋していたい。

輝いていたい。

しんどくなったらやめる、逃げる。

けれど逃げるったって、彼氏の元でやってる店だから、放り投げてとんずらすることもできない。

となると…

精神的な開放。

他の誰かを好きになることで現実逃避。

人を惹きつける不思議な魅力も持ち合わせているから、狙った獲物はほぼ百発百中。


さてさて

南井との関係はどうなることやら。

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