第29話 民衆よ、立ち上がれ

冬休みも終わり、3学期になって最初のPTA会議。

さとこは年度末を前に今季予算の最終発表や行事予定の資料を前日から準備し(残業代は出ません)

その日を迎えた。


淡々と説明しつつがなく会議を進め、最後の質疑応答へ入るとさっそくボスママが横やりを入れ始めた。

「この資料、ちょっと見にくくないですか〜?ねぇ皆さんもそう思いません?」

周りは沈黙で答えることすれど、反対する者はいない。


完全アウェイか…


相手のペースに引きずられないよう、あえて冷静な口調で受け流す。

「それなら具体的にどこがどう見にくいか言っていただけませんか?次回からの参考にしますので」

「あら〜、言われないとそんなこともわからないの?どこの大学出られたのかしら。だからパートの先生じゃつかえないのよねぇ」

挑発してきているのは目にみえている。

グッと握りこぶしに力を込めて耐える。

「…パートじゃなくて非常勤です」

「あらァ、同じじゃない?正規の先生じゃないと話にならないわ。大体パートの教師って無駄じゃない?ロクに働きもせずにお金もらって、責任は正職員に押し付けるんだもの。うちの主人も中途半端なパートが一番使いにくいって言ってるわ」


バーン!!


思わず机を叩くと、一瞬その場がシーン…となった。

「あの、前々から言いたかったんですけど」

「な、なによ」

「人を馬鹿にするのそろそろやめてもらえませんか?私あなたに何かしました?」

「べ、別に。一般論を述べてるだけで…」

「それでも大変不愉快です。世の中パート勤務の人なんて山ほどいるし、ここに集まっている保護者さんの中にも大勢いるはずです。その方達だっていい気分しません。なんなんですか!?その自分が一番えらいと思ってる錯覚!」

うんうん、と頷く保護者の姿がちらほら。

「はぁ?そんな口きいていいわけ?うちがどれだけこの学校に寄付金払ってると思ってるの!?」

「そんなこと私に関係ありません。そのお金が給料に反映されるわけでもないし」

「なっ…!?」

まるでボス猿のように、ボスママは顔を真っ赤にしている。

「大体そのお金ご主人が払ってるんでしょ?そもそもあなたのお金じゃないでしょうに」

「そんなことないわよ!夫のお金は夫婦のお金よっ」

「世の中には子供育てるために、パートを掛け持ちしてお金稼いでるシングルマザーの方もいるんです。夫のお金と権力で偉ぶって何にもしてないあなたより、私はそんなふうに一生懸命働いている人の方がよっぽど素晴らしいと思います。パートだから非正規だからって誰にも馬鹿にされる筋合いなんてない!」

ビシッと言い放つと、保護者達の中から少しづつ、拍手が沸き起こった。

「大崎先生はよくやってくれてます」

「私達のことも、子供達のこともちゃんと気にかけてくれてる」

「うちの担任の先生より一生懸命話も聞いてくれるし」


パチパチパチパチ


援護する鳴りやまない拍手に、ボスママは居づらくなり荷物をとり席を立った。

「何よ!今に見てなさいよっ」

ボスママがいなくなると急にその場の空気が良くなり、保護者達はさとこのもとへ駆け寄った。

「大崎先生、あの人にビシッと行ってくれてかっこよかったです!」

「今まであの人のことが怖くて…先生が窮地に追い込まれてるのに黙っていてすみませんでした」

「私達みんなパートなんです。職場でも社員やお客さんから軽くみられることもあって…でも先生がさっき私達を擁護するようなこと言ってくれて、うれしかったです」

「私シングルマザーで、子供優先に考えて時間の融通きくようにするためにはパート掛け持ちするしかなくて…。世間に負い目を感じてたけど、先生の言葉に救われました。ありがとうございます」

次から次へとお礼の言葉が降り注いだ。


言ってよかった…


保護者達の笑顔をみて、さとこは心底そう感じた。

「先生、もしあの人が何か言ってきても、私達も先生を守りますから」

「これからはみんなで力を合わせて、風通しのいい会にしましょうよ」

「賛成!」

民衆の力が団結すると、岩をも砕き権力者をその座から引きずり落とすこともできる。

そして信念をもち想いを込めて発した言葉は人の心を動かすのだと、実感したさとこであった。


差別というと仰々しいイメージだが、大なり小なり他者を蔑視し自分が優位に立とうとすることは、無意識も含めて多々あることで。

世の中には暗黙の了解的に、差別意識が渦巻いていたりもする。

働き方、性別、未婚既婚、子供の有無…

挙げだしたらきりがないくらい。

何にも負けず、しがらみにとらわれず力強く生き抜いていきたい。


私はワタシだから

ただそれだけよ


さとこさん

精神的にたくましくなり

一皮むけたようです。




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