第3話 老後同盟発足記念日

「ねぇ、もし将来この3人が今のまま独身なら、うちで一緒に暮らしたらいいんじゃない!? そしたら忍も咲希も住むところの心配もないし、それぞれ得意なこと分担したら快適に生活できる!部屋ならいっぱいあるんだし」

さとこの提案に、咲希の目が輝いた。

「いいじゃない!それっ。私家事全般得意だから、料理と掃除はまかせてっ」

そう、咲希は見た目とは裏腹にとても家庭的で、料理はプロ級にうまい。高校時代もよくお菓子を作ってはみんなに配っていた。

掃除も実は水商売の世界に入る前は転職を繰り返し、清掃会社で勤めていた経験もあるのですご腕で隅々まできれいにする。

しかも開運マニアなので、汚れていると運気が下がるといい、ヒマさえあれば掃除も片付けもマメにするのだ。

「じゃあ私は家計サポートの会計係か」

忍は事務のスペシャリストで、資格も医療事務や簿記、もちろんPCスキルもひと通り持っており、どこへ行っても即戦力となる。ファイナンシャルプランナーの資格もあるので、保険料選びや貯蓄の相談も安心だ。

「年金とか税金関係詳しい人いると助かるわ~。私そういうのサッパリで」

「咲希年金とか払ってる?40歳になってもフラフラしてるんだから、そろそろ将来のことちゃんとしといたほうがいいよ」

忍はやはりお金のことはしっかりしている。

「じゃあさとこは自宅で近所の子ども達に習い事教えて、寺子屋みたいにしたらおもしろそう」

咲希の提案にあとのふたりの目が輝く。

「それいいね!なんかやることあったほうが生活に張りが出るし」

「年金だけじゃ心細いから、多少なりとも収入あったほうがいいからね」

忍がいれば老後も安泰だ。


「よかった。これでひとまず定年後の人生設計が見えてきた。やっぱりひとりで生きていくのは心細いから、同じ境遇で助け合える仲間がいれば安心よね。かといって全く知らない人に部屋を貸すとか、ルームシェアなんて怖いし」

ほっとした様子でさとこは紅茶を口にする。

「老後同盟だ。私達、年とってからも安心して楽しく、人生を豊かに過ごしていくため。力を合わせて難局を乗りきって生きていくことをここに誓いますっ」

「何だそれ〜。でもおもしろい、老後同盟ここに成立。だね♪」

咲希の言葉にさとこも同調。

「まぁそうね、孤独死なんて嫌だし。ひとりで暮らすより気心知れたみんなと老後過ごすほうが、老人ホームとかに入るよりずっといいよね。私も参加」

高校時代の同級生3人が、おたがいの顔を見つめ、手を取り合ってニヤリ。

「昔と違って最近じゃ仕事定年後シニア雇用もあるから、身体さえ元気なら75歳くらいまで働けるとして、老後同盟の始まりは35年後くらいか」

忍は早速頭の中で計算を始めている。

「ふたりはいいよね〜立派なスキル持ってるから長く働けそう。私はいつまでこの仕事できるかっていう不安があるし。そりゃママとかになって自分のお店持ったら若い子雇って長くこの世界にいれそうだけど、それもしんどいかなぁ」

咲希は自分がいつまでホステスとしてやっていけるか、内心引き際を考えていた。

「40歳なら探せばまだ正社員で雇ってくれる仕事あるんじゃない?私はもう派遣になれちゃったから…あ、でも派遣からの正社員採用してくれる企業狙ってるけど。ボーナスとかほしいし、社員と同じ仕事してるのに派遣だと軽くみられることもあるし、給料雲泥の差なんて時にやりきれないもんね」

忍さん、本音はやっぱりそうですよね。

「うーん、こればっかりはむき不向きもあるのよねぇ。正社員で勤めたことも何度かあるけど、会社色に染まり会社の言う通りにしなさい、とか、社員ならこうじゃないとって押し付けられると息が詰まっちゃう。何かにつけて責任とらなきゃっていう重圧も私には重くて耐えられなかった」

「咲希は生まれついての自由人なのよ。それが個性っていうものでもあるし、生き方働き方も自分のペースでいいんじゃない?」

さとこは教育者的見解を示した。個人を尊重する時代だからこそ、働き方も何が正解というものは本来明確になく、その人らしさが反映されるのがベストなのかもしれない。

フリーランスでこそ能力をフルに発揮できる人もいれば、組織の中でこそ輝ける人もいる。

咲希と忍の違いは、咲希は己の意思で正社員は自分に合わないと求めないのに対し、忍は望んでも叶わないがため派遣という現状がある。けれど機会があれば正社員登用を目指している。その大きな理由は、給料面での待遇や、先々の安定性だ。


これだけは譲れない

人それぞれ、仕事選びや生き方においてあるだろう。

それが咲希にとっては自由であり、忍にとっては安定なのだ。

さとこは…なんだろう。

タイプ的にはさとこは忍と似ているが、多少柔軟性はある。忍は自分というものをあまり表には出さない分、頑として譲らないものを軸に持っているようだ、と咲希は感じていた。

それは高校時代にはまだ眠っていたもので、その後の人生経験において芽吹いたものだった。


「今気付いたけど…今日は6月5日。ろくご…ろうご?老後同盟の発足記念日にピッタリだった!」

咲希が腕時計のカレンダー表記を見て驚きの声をあげた。

「ホントだ!出来すぎっ」

さとこも大笑い。

「こんなこともあるんだね…すごっ」


というわけで、3人の老後同盟は梅雨時の同窓会後、ホテルのアフタヌーンを前に誕生しました。


咲希、さとこ、忍。

人生半ば40歳から老後への冒険は、始まったばかりです。

この女性達がそれぞれどんな道を歩むのか、そして本当に35年後みんなで暮らしているのか、ご一緒に見守っていただけると幸いです。


どうぞよろしく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る