第2話 絶望アフタヌーンティー

「ねぇ…このままじゃうちらやばくない?」

上品なティーカップを片手にそぐわないセリフをさとこが言う。

「40歳だよ?人生80年って考えたらもう半分よ?? それなのに独身なんて…。仕事も先行き不透明で、親は絶対先に死ぬだろうし、年金なんて微々たるものだしその頃本当にもらえるかもわからないし…生活ひとりでやっていける?誰も何も守ってくれないじゃない」

旧友の結婚を知り(しかも国際結婚)自分には頼りになる人生のパートナーがいないという現実にどうやら打ちのめされたらしい。

「そうだよね…さとこは立派な実家があるから住む場所は心配ないからいいじゃない。私や咲希はねぇ、賃貸だから高齢になった時保証人とか大丈夫かなぁ~っていう心配はあるけど。こういう時持ち家あるといいなーって思うよね。あっでも咲希は今お金持ちの彼氏とつきあってるんだっけ?マンションとか買ってもらえるんじゃない?」

「無理ムリ、あの人すっごいケチでさー。そりゃあもちろん食事代とか旅行代とかは全部出してくれるよ?だけど彼女に高額なプレゼントとかはしない主義なんだって。そういうのは愛人に貢ぐようなヤツがやることだからって。変な理屈でようは大金出したくないわけよ。お金持ちって大抵ケチね、うちに来るお客さんも大概そう。だからお金貯まるんだろうけど、人間としても男としても魅力はないわねぇ」


モグモグモグ…


甘いスイーツで頭に栄養がまわると、座談会ばりに言いたい放題が始まる。

定期的に女子会と称して3人は会い、ようはおいしいものを食べながら好き放題おしゃべりをして、日頃の憂さばらしをするのだ。

「でも家があってもさ、私一人だとあんな大きい家維持費も固定資産税も払うの大変だもん。かといって先祖代々の家を売るのも抵抗あるしねぇ。お姉ちゃんも妹も結婚して別の家庭があるから頼れないし」

さとこはとても現実的で心配性なので、高校の時から先々のことをあれこれ考えてはなかなか先に進めず、二の足を踏む。

石橋を何度も何度も叩いて、それでも誰かが無事進むのを見てからじゃないと行動できないのだ。

それゆえチャンスを逃すことも多く、彼女もずっと独身か?と咲希と忍に希望を抱かせていたが、結婚すると決まればあっという間に話がすすんだ。

もちろんその前には彼女なりに念には念を入れてのシミュレーションがあり、大丈夫だと納得してから己のゴーサインを出したわけだが…。

「現実はシミュレーション通りにはいかない」

それが離婚後の一言だった。

「でもね、離婚するかしないか迷ってた時、ネットでタロット占いしてもらって、その先生が言ってくれたの、無理して相手に合わせて未来の安心を手に入れるより、今自分の自由を手にしたほうが今後の人生が素晴らしいものになるから、離婚を考えた自分の選択を信じて大丈夫ですよって。あの言葉で救われたわ~」

占いという他人の客観的意見は、時に背中を押してくれる。

「あの結婚は30代のうちに結婚したいって変に焦ったのがよくなかった」

「年齢なんて所詮ただの数字よ。そんなものにとらわれてたら犠牲にするものが多過ぎるわよ。39歳も40歳も実質何も変わらないって」

咲希はいつでも物事をポジティブに解釈する。それが後々自分の首をしめることになるのだが…。

「そうは言っても、その一桁の隔たりって大きいわよ。20代だとまだ若いって気がするし周りもそういう認識だけど、30歳だとなんかオバサン認定されるし」

忍の言葉にさとこもうなずく。

「なんでだろうね、日本って女は若いほうがいいって思われがちなの。私は今のほうがいいわ〜。だって20代30代は結婚しないのとか子どもは?とか、見えない鎖で縛られて恋愛も窮屈だったけど、40歳になったら開き直れるもんね??」

「はぁ、そういうもんですか」

忍は少々あきれ顔。

こんなにも考え方が違っていてなぜ高校時代から何十年も友達でいれるか不思議なところだが、忍の中には咲希に対するひとつの想いがあった。


高校に入学して、最初に声をかけてくれた友達だから。


おとなしい忍は新しい環境に気後れして、初日何も言えず自分の席で肩身の狭い思いをしていた。

そんな忍を見て、さとこと美夕と一緒にいた咲希が近寄り言った。

「ねぇ、どこの中学から来たの?私栗野咲希、よろしくね!」

明るく元気に声をかけてくれて、一気に不安が解けた。

その後も何かにつけて一緒にいてくれるおかげで、自然とさとこ、美夕も含めた4人グループになり、忍はひとりになることもなく、さみしい想いをすることもなかった。

「ねぇ、なんで私に声かけてくれたの?」

入学後しばらく経って聞いてみたことがある。

てっきりボッチな自分に同情してのことだと思ったから。

「えっ!なんでだろうっ。なんか目が合ったんだよね。その時あっ、この子と話してみたい、友達になりたいなーって、本能的に思ったんだよね。実際そうしてよかった、毎日楽しいもん、忍ちゃんといると」

屈托なく笑いながら話すその姿は、決して社交辞令には見えなかった。

それ以来、忍は咲希に対して絶対の信頼感をもっている。

それが、友情が長続きしている秘訣なのだ。

「美夕はいいよね~、仕事もプライベートも完璧勝ち組じゃん!なんですべてを手に入れてる人がいる一方で、自分にはないんだろう…」

離婚の影響でナーバスになっているのか、さとこがぼやき始める。

「他人と比べるなんて愚の骨頂よ。人は人、自分は自分。隣の芝生は青いってね」


コイツにはラテンの血が入ってるんだろうか…。

時々友人達は思う、お気楽でいいよね、と。


「咲希はいいよね、いつでもポジティブで前向きなんだから。なんだかんだ言って彼氏いるしモテるから自分に自信あるでしょ。うちらはねぇ…」

忍もぼやき始める。

「ほらほら、そんなに暗い話してたらせっかくのアフタヌーンティーが台無しだよ?こんな暗い話ばかりじゃ絶望アフタヌーンティーだよ。もっとヌン活楽しまなきゃ!後でインスタあげよー」

「咲希はすごいよね、いろいろやってて。私SNSとか絶対無理。ネットで知らない人と関わるなんて恐怖しかない」

さとこは今どき珍しいくらい流行り物には飛びつかない。そして不正使用や使いすぎが怖くてクレジットカードも持っていない。

買い物はローンを組まず、現金一括払いで買えなければ高価なものは買わない。

堅実という文字がここまで似合う人はいない、というくらい、安全第一で人生を送っている。


そんな彼女だからこそ、ある提案が出たわけだ。


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