あらら

 刺青の男は不敵な笑みを浮かべていた。


 やはりまだ手段を持っているらしい。それはもちろん想定内だけど、そのあとに起きた出来事は、流石に想定のしようがなかった。


 刺青の男が第三級冒険者と聞き、天恵を有していることを知るのは簡単だ。この階級になると、珍しい筈の天恵が結構転がっている。ネネやエリクセンも持っているのだから、割と多いように感じるのだけど、実際には千人に一人の確率で発現するもので、その性質上天恵持ちは冒険者になることを選ぶ者が多いから、そういうふうに見えているだけである。


 刺青の男の能力は、を生みだす能力だった。錆びた鉄製の鎧に長剣を持ち、自律稼働する不屈の騎士。それが突然、地面から五体も這い出てきた。


 私も天恵の能力を予測するには、情報が足りなさすぎるのである。手数の多さが私たちの売りだけど、どうやら相手も有していたようだ。「あらら」と、私は一目見ただけで言葉の意味を理解した。


 だってどうやら生命体ではないようだ。あらゆる意味で搦め手を多用する私にとって無生物というだけで苦手な部類に入る。物理攻撃をして死なないのであれば、最早地属性魔術では対応不可なレベルである。


「略式詠唱」

「断罪する無機質な墓標」

「略式詠唱」

「断罪する無機質な墓標」

「略式詠唱」

「断罪する無機質な墓標」

「略式詠唱」

「断罪する無機質な墓標」

「略式詠唱」

「断罪する無機質な墓標」


 私は人数分の魔術を生みだしながら、ネネを見た。


「とりあえず首なし騎士は私が抑え込むね」


「オーライだ」


 ネネは不敵に笑った。


「略式詠唱」

「ほとばしる茨の束縛」

「略式詠唱」

「ほとばしる茨の束縛」


 私はあらゆる魔術を生みだすと、それらを使って首なし騎士の行動を阻害した。首なし騎士の動きはそこまで速くはなかった(鎧を着た人、といった感じだ)。その間、ネネは刺青の男に接近戦を挑んでいた。


 彼女の剣技は我流だけど、性格とは打って変わった繊細な技だ。暗殺者のように小さくしていた武器を投げつけ、距離を測って、不意を突く。一見して善戦を敷いているように見えた。


 暫くの膠着状態が続き、私が首なし騎士を地面に釘付けにした頃、ネネと刺青の男の戦いも決着がついたようだった。答えは簡単だ。吹き飛んできたネネの意識が戻らないのだから。


「あらら」


 刺青の男は強かった。


 ネネの変幻自在の攻撃もすべていなしつつ、好機とみた瞬間ネネの剣を弾き、あいている方の斧の側面で頭部を打撃、それで脳が揺れたらしく、追撃の一撃で吹き飛んできた。


 殺意がないのだから明らかに手加減されているが(彼の目的は女として私たちを手籠めにすることである)頭部への一撃は結構危険なものだ。意識はとんで当然だろう。そして私が抑えていた首なし騎士たちは溶けるように姿を消し、刺青の男の背後に再び出現した。


 ただ、やはり数は五体だから、それが上限なのかもしれない。いや、それを確信することは、私の性格的懐疑精神から不可能だった。まだ、隠しているだけかもしれない。


 とはいえ、これは明らかに分が悪くなったと言える。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る