汚れなきこの物語に安寧を
「さあ、どうする魔術士」
刺青の男は余裕そうに肩を竦めた。
「どうしようかね」
「焦ってなさそうだな」
「焦る必要がないからね」
「実際、茨が数えきれないくらいになっている。ただ、その脆弱な茨で俺を止められると思っているのだとしたら、流石に心外だな。今の戦いをお前は呑気に眺めていたのだから、よく分かるはずだぜ」
「茨があるから、私が余裕ぶっているってこと?」
私は数十本に増殖した茨たちを消し去った。
「別に要らないよ」
「よく分からないな」
「いたって単純な話だけどね」
私は彼を真似るように肩を竦めた。
「何度でも言うよ。いたって単純な話さ」
「そうかい。よく分かったさ。魔術士はプライドが高いってのは本当のようだ」
再び首なしの騎士たちが進軍してくる。
私は少し思案した。
この刺青の男とバーバラはこの物語に必要不可欠かどうか。
ネネに敗北を与えてくれたのは
答えは否である。私にとってはどうということはなく、彼らは本来舞台に上がってくるべきではない。
となれば、私は最早魔術士ではなく、この物語の守り手だった。
「汚れなきこの物語に安寧を。尊大な侵入者に鉄槌を。私はあらゆる者の傍観者。そして機械仕掛けの神である」
私の身体のあちこちから、無数の紙切れが溢れだしてくる。
その何百、何千と現れたそれは自由自在に空を羽ばたき、天を真っ白に染める。
視界を掠める紙の隙間から、唖然としている刺青の男の顔が見えた。紙は首なし騎士の身体に引っ付き、それは全身を覆っている。すべてを覆いつくすと、書き損した紙のようにクシャクシャと独りでに丸められた。小さな球体となった首なし騎士たちは沈黙している。
ただ刺青の男の判断も早く、先ほど見せたように、また騎士を五体出現させた。限界があるのかもしれないけど、ただ首なし騎士を殺すのはあまり効果的ではなかった。これは何かを得るための戦いではない。むしろこれは、一刻も早く終わらせるべき戦いだ。
無数の紙は短剣の形に変化した。空に漂う無数の短剣たちの、切っ先を向けられた刺青の男は、ようやく表情に焦りを浮かべた。
「なんだ、これは」
「紙だよ。本とか読まない?」
「そんなことは分かってる。いや、これは天恵か」
刺青の男は呆然と見上げた。私は目を細めて笑った。
「あまり使わないけどね。私もまた、魔術士という登場人物だから」
「……まあ、待てよ。俺の負けだ。これは無理だ。降参する。俺が悪かった」
「私は世界で一番寛大だから、もちろん許してあげるとも」
「ああ、お前は世界で一番寛大だ。だから、空に広がっているこれをおろしてくれ」
「分かったよ」
私は空に広げていた紙の短剣たちをおろした。
文字通り落下させたのだ。
瞬時に理解した刺青の男は駆けだしたが、紙の短剣たちは追尾した。四方八方からそれは突撃して、一秒もすると刺青の男は真っ白に染まった。
辺りに静けさが響く。その白の塊は、ゆっくりと赤に染まっていく。花弁が散るように紙たちが霧散して、中からは原型をとどめていないほどに穴だらけになった刺青の男が出てきた。
私は信じられないといった表情を浮かべる、バーバラを見た。
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