また来ますから

 私が行きつけと呼んでも差支えのない雑貨屋には、様々な物が置いている。私の好物である書物、日用品、野営道具、置物、食器、髪留め、香水、数を挙げればキリがなく、狭い店内によくこれだけの物が置かれているものだと、最早関心するほどのものである。


 今日もまた暇を潰しながら商品を眺めていると、珍しく店主の方から話しかけてきた。店主はモノクルが印象的な老年の男性だ。曲がった腰を労わりながら、何かこまごまとした作業を行っている為、店には殆ど無関心である。


 会計をするのに、何故か客である私の方が待たされることも多々あるので、当然閑古鳥が鳴いていた。


「奥の部屋に案内してあげるよ」


 しわがれた声は何処か遠くから聞こえているようだった。


「奥の部屋?」


「そう」


 店主はのそのそと動きながら、奥側にある戸を開いた。店内は蝋燭の火が心もとなく揺れている。奥の部屋は真っ暗だった。中に入ると店主が灯りを付けてくれた。壁一面に木棚が並んでいる。


 表の雑貨と同じような形で何か並んでいた。それは薬品のようなものが多い。ガラスに入った液体は青色や赤色の、不安を煽るような配色をしている。真っ黒の丸薬、真っ白の塗り薬。他には恥辱的な形状をした手のひらサイズの銅像、小さなプレートに黄土色の砂、黄金の眼鏡、うろこがビッシリと詰まった皮の鞄、目に付くものをあげていくと枚挙にいとまがなく、そしてそれらは様子がおかしく、様々な書物で得た知見を以てしても、その詳細を暴くことが出来ない。


 私はこの不可思議な感覚に覚えがあった。ここは空間が歪んでいるように感じられるのだ(もちろん、実際にはそんなことはないが)。中々入らせてもらえなかった師匠の部屋に似ている。


「何となくそうかなと思っていた」


 私は店主に言った。


「錬金術士だね」


「ああ」


 店主は脚が弧を描いた揺れる椅子に、軋む音をたてながら座った。


「そういう君は魔術士だ」


「そうだね」


 私はジックリと棚を見て回った。


「作ってほしいものがあるんだろ」


 ふと、店主が言った。彼は編み物を編んでいた。それは紡がれたばかりで何を作ろうとしているのか判然としなかった。錬金術に使うものなのか、ただ編み物をしているのか。彼の得体の知れなさは、俯いた表情の影に広がっていた。モノクルが蝋燭の火を反射する。何故、分かるのだろうか。


「……そのモノクルは錬金術で?」


「ああ」


「そう」


 私は手に取っていたガラス瓶を棚に戻した。


「強力な媚薬と、事後でも効く避妊薬を作ってくれないかな」


「ふむ」


 店主は私を見た。


「用途は」


「物語を紡ぐために」


「ふむ」


 私は返事を待った。暫くして「分かった」と店主は言った。その代わりに値が張ると。私の懐には大海の如き包容力があった。店主は裏に消えていった。私は店内の物色を続けた。


 半刻ほど待つと、二本のガラス瓶を握って戻ってきた。気になった商品の詳細を聞き、薬を幾つかと鞄を購入した。最近の稼ぎを一年続けなければいけない金額だ。鞄とオーダーメイドの商品が高かった。


「貴方がこの街に居てくれて幸運だった」


「そうかね」


「ありがとう」


「名は?」


「キキョウ」


「……ああ。トリスメギストスは元気かね」


 私は驚愕に目を見開いた。


「師匠の名前を」


「旧友だよ」


「師匠は一年前に死にました」


「あいつが?」


「ええ。信じられませんか」


「そりゃそうだ。竜だって殺せない男だから」


 私だって信じられない。悲しいとかではなく、死ぬとは思えない人物だったからだ。しかし死んだのは事実である。私がその亡骸を燃やして葬った。火葬にしたのは師匠の要望だ。灰に変わっていく姿を見続けていた。


「潮目が変わったね。時代が変わるかもしれない」


「ええ、その予定です」


「君が変えると」


「いいえ、勝手に変わるのです。私はそれを紡ぐだけだ」


「ふむ」


 店主は編み物を机に置いた。


「変わった末に何があるのかね」


「幸福も絶望も、それらすべてが美しく、あまねく人々の輝きである」


「狂人め。さっさと帰れ」


 店主は初めて笑顔を見せた。私も笑った。


「また来ますから」


「ウロだ。いつでもおいで」

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