まあ任せて
今日は天命の守護者とともに、魔境『群狼の森』での討伐依頼を受けていた。第九級冒険者以上であれば入ることが出来る、比較的初心者向けの魔境である(魔境とは、魔物が生息している地域のこと)。
私は既に幾つかのパーティーと依頼を熟しており、第九級冒険者に昇給を果たしていた。まあ第十級の位に関しては、ほとんど初心者のために設けられた位だから、戦闘を行える人は一日二日で昇級してしまうのだ。
天命の守護者とともに行けば、第七級までの魔境は入れるけど、今回はお互いの戦闘を見る会だから、万が一のない場所を選択した。
魔狼と呼ばれる魔物の討伐である。特に明確な達成条件はなく、倒せば倒すほど組合から褒賞が出る常駐依頼となっている。
フローレスの東門を抜けた先に広がっていて、比較的に近いことからお試しにはもってこいと言えるだろう。これで私は三回目だ。ハントマンたちとも群狼の森にやってきた。
「今日はいつもと役割を変える」
ガイが言った。
「後衛は俺だ。後ろの警戒は任せてくれ。中衛にキキョウ、エタとサンサはいつも通りで構わないが、サンサはキキョウを守るように立ち回ってくれ。魔物の攻撃を受け止める役目は、キキョウのゴーレムが肩代わりしてくれるそうだ。予め説明はしたと思うが、彼女は地属性の魔術士だ。今回に関してはその能力を遺憾なく発揮してもらうように各自立ち回ってくれ。さっき言っていたように、エタは全部倒してしまわないように。それでは意味がない。今回の花形はキキョウだ」
「だそうだ、魔術士殿」
エタはおどけて答えた。
「わ、わかりました」
一方サンサは私をチラチラ見ながら返事をした。
「まあ任せて。魔術士がどういう存在なのか教えてあげる」
私たちは群狼の森にやってきた。
空を穿つような巨大な木が黒々とした影を落とし、立ち入る者を拒むような
俗世に塗れた人類には、その大自然はあまりに強大だ。ここから先は魔物たちの領土である。
森の中に入り込んだ瞬間空気が重くなった気がした。しかしそれは気の所為だろう。あるいは木の所為である。
見通しが悪く、常に周囲を警戒していなければ、要らぬ不意打ちを食らうかもしれない。私たちはお互いに背中を預け合いながら、足場の悪い中を進んだ。とはいえ、冒険者たちが日中はたくさんやってくる。明確なけもの道は出来上がっているから、道に迷うことはなさそうだった。
群狼の森の奥には、また別名の森が広がっていて、このけもの道はその森との境にある、冒険者組合が設置した拠点に向かって延びている。常駐依頼を受ける場合は、基本はそこに向かいつつ魔物を狩り、そして来た道を戻りつつ魔物を狩る。何もむつかしいことはないが、命は掛かっている。その奥の森に関しては第五等級以上しか入れないようになっていた。
やがて私たちは微かな音を聞き逃さなかった。
繁みの葉が震えて擦れる音だ。お互いに視線を交わして合図を送る。私は既に記述詠唱を構築し始めていた。
サンサが背丈を覆うほどの大楯を構え、エタが鞘から剣を引き抜く。
ガイが槍の切っ先を前方に向けたその時、木の合間を縫うように、それは姿を現した。
魔狼の特徴の一つとして、その姿は地域によって様々であることが挙げられる。特筆すべき能力はその環境適応能力にあるのだ。そして群狼の森に棲む魔狼たちは緑色の体表を持ち、景色に同化する能力を持つ。
それ故に隠密性を高め、素早い動きからの奇襲を得意戦法とする。私もそれは事前に教えられていた。魔術士のむつかしいところとしては発動に対する時間が長いことだけど、咄嗟に判断して発動する魔術を選ぶ必要があるところも同様である。だからこそ、事前の準備と周到さが必要だった。
特に地属性魔術士は速度に自信がない。私は魔狼を相手にした時、使う魔術は予め決めていた。
そしてそれは、極めて有効的だった。
「記述詠唱」
「絡みつく流砂の壁」
魔狼の数は五体だ。
こいつらは常に群れている。五体横並びになって向かってくる姿は、その貪欲な犬歯と口先から流れる涎も相まって迫力がある。
私たちは誰も動かなかった。唱えた魔術が発動し、地面から草や木の根を掻き分け砂が溢れだしてくる。
それは確かな形を持っていなかった。揺れ蠢きながら、かろうじて立ちふさがるように壁となった。
魔狼は構うことなく向かってくる。
敵が人間なら少しは不審に思ったはずだ。魔術とはやわではないことを、少なくとも戦うを生業とする人間は知っている。避けて通り抜けようとする魔狼の身体を、それを上回る速度で砂が包み込んだ。
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