私は完璧にこなしたはずだけど

 私の生活リズムが中々それに当てはまらないから忘れていたものの、本来の冒険者の朝は農民のそれと遜色そんしょくがなかった。


 朝日とともに目覚め、手慣れた動作で支度を済ませ、狂犬に引きずられているかのような足取りで組合に向かった。巨大な掲示板に張られている依頼書の数々はもちろん争奪戦になる。割のいい仕事は鋭敏な嗅覚を持つ冒険者が一瞬の内に搔っ攫っていくのだ。それに割り込もうと考えるのなら、当然その分早く組合にやってくる必要がある。


 とりわけ新人にはその必要があった。その日の稼ぎが朝の一幕で決まってしまうのだから、その急ぎ足も当然と言える。特にここは魔境都市とも呼ばれる冒険者たちの楽園だ。朝の込み合い具合は、一匹狼を気取っている私を絶望させるには十分な光景だった。冒険者として最初の洗礼を受けた気分だ。


「今日はよろしく頼む」


 表情を変えないまま、ガイは言った。


「ああ、よろしくねえ。足を引っ張らないように頑張るよ」


「あまり謙遜するな。先にやったハントマンが驚いていた。彼はどうやら自信を無くしてしまったらしくてね。君のパーティー加入は選ばれたとしても辞退するそうだ。これからも細々とやっていくと。一体何をしたらそうなるんだ?」


「逆に私が聞きたいくらいだね。私は完璧にこなしたはずだけど」


「では完璧過ぎたのだろう。剣士は身の丈にあった剣を使うんだ。確かにハントマンは堅実な奴さ。それだけに信用に値する奴らでもある」


「別にいいけどね。私もハントマンのパーティーに入るつもりはなかったよ。小銭稼ぎをしたいわけじゃないから」


「第一級冒険者になるんだな」


「ご明察」


 それはパーティーを募集する際に掲げた項目の一つだ。ハントマンが先日の顔合わせにいたのは、もちろん夢を見たからである。元々堅実な冒険者である彼らだけど、魔術士を仲間に入れる事で先を目指したのだ。


 しかしながら、やはり自分たちには無理だと思いなおした。そこでそういう風に考えを切り替えられるのは、ある種恵まれた才能だろう。魔物や悪意の前では勇猛な者から死んでいく。


 しかし、冒険者とは元来そういう性質を持つ者たちの事である。職業として確立されてしまってから、価値観の多様性が目立つようになった。それでは私の得たい栄養は接種出来ない。ハントマンたちは人間としては嫌いではなかったけど、今回はご縁がなかったというわけだ。


 ガイが率いているパーティーは『天命の守護者』という名称の三人組だ。中衛を守りながら指揮を執るガイ、前衛の盾持ちであるサンサ、そしてもう一人も前衛の剣士エタ、私のような魔術士には限りがあるけど、このパーティーには弓使いすらいないのだ。


 私を欲したのはかなり実用性を取った結果と言える。


 もう一つ珍しい部分と言えば、前衛の二人が女性であることだ。盾持ちは相手の攻撃を問題なく受け止める必要があるから、どうしても大柄の男が担う場合が多い。天命の守護者で言うのであれば、ガイとサンサの役割を入れ替えた方がシッカリくるくらいだ。


 サンサは栗色のショートヘアの女性。よく目線が泳ぎ、人見知りであることが伺える。困ったように垂れた眉毛が印象的だった。逆にエタは冒険者らしく快活な雰囲気を持つ女性で、美しい金色の長髪と青い瞳、身長も高く、胸も大きい。腰に帯びた剣は何処か仰々しく、特異な気配を感じさせる。ふと既視感を覚える。ガーメイルの戦斧の持つ気配と同じものだ。


「エタの剣は何か特別なものなの?」


 私は街を出るときに、思い切って聞いてみた。


「代々継承する家宝の剣だ。この剣で斬れないものはない」


「なるほど。心強い相棒だ」


「そうだ、ずっと助けられている」


「じゃあどんな魔物が来ても安心だね」


「もちろん。私がすべて倒してしまうから、キキョウの出番はないかもしれないな」


 エタは笑いながら、私の背中を大きく叩いた。

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