如何にも私が適任だろうね

 組合の二階にある談話室で筆記試験は行われた。


 何か特定の知識の回答というよりは、冒険者としての心構え、特定の状況下に置ける判断、一般的に知られている魔物の対処法など、ある程度自由に書ける記述問題ばかりが設問になっていた。


 特に詰まることもないけど、ひとつ意地悪がある。


 不意を突かれて重傷の仲間と腰が抜けて立てない村人、そして自分がいる。そしてそこには、一人では勝てそうにない魔物が迫っていた。この場合、自分は一人しか担ぐ事が出来ない。どちらを担いで逃げる? という設問だ。


 恐らくは立てない村人を選ばせる為の意地悪だ。心情に従うのであれば、仲間を助けたい筈である。


 冒険者になることとは、時には仲間を見捨てなければいけない、あるいは、仲間の死が訪れるかもしれない、ということを暗示している。私はゴーレムに二人とも抱えてもらうと書いた。


 確かに意地悪だけど、魔術士には通用しないのだ。


「では、そこまでだ」


 私が目線をあげると、意図をくみ取ったガーメイルが終了の合図を告げた。


「筆記試験は俺が採点するわけではないから、暫く時間が必要だ。昼飯でも食ってたら、丁度良い感じになる」


「分かった。ところで美味しい飯屋を知っていたら教えてよ」


「そういうことなら、どうせ俺も飯だからな。お前がいいなら案内してやれる」


「なるほど。いろどりのない中年の日常に花を添えたいわけだ。そういう事情なら、如何いかにも私が適任だろうね」


「なんだおまえ」


「なんだって美少女だけど」


 ガーメイルは私の答案の提出を済ませ、組合の前で再び合流した。ガーメイルが案内した食堂は、冒険者組合からそう遠くない場所にあった。


 そこでは重厚な大猪のステーキが名物のようだ。中々どうして分かっている。ガーメイルは正解を引いた。


 ただ、年頃のレディを連れていく場所としては不適格である。


「冒険者はこれを食べねえと始まらないからな」


「何が始まらないのさ」


「分かるだろ、俺らは冒険者なんだ」


「私はまだ違うけどね」


「いいや違わねえ。お前の筆記試験が信じられないくらいに低くても合格が出る筈だ。あれだけ色々な魔術を行使出来るのなら、そんな奴を呑気に見逃すほど組合は馬鹿じゃない。文句なしの合格だ」


「私もそう思うけどね。ただ、ふたを開けるまでは何も信じない主義なんだ」


「結構なことだ。まるで冒険者の台詞だな」


「冒険者志望だからね」


「ああ、まだ冒険者志望だ。兎に角食え。これは精が付く」


「そうだった。ステーキの前ではくだらない問答などクソクラエだ。蓋の中身なんてどうだっていいに決まっている」


 大猪はポピュラーな魔物の一体である。弾力が強く身が締まっている。生息地域が広く討伐難易度も低いことから、それを取り扱う飲食店が多いらしかった。そのパワフルな味にやみつきになりそうだ。


「頭の悪そうな味だね」


「要らないなら俺はまだ食える」


「勘違いだけはしないでくれ。そうは言ってないから」


 溢れ出る肉汁を溢さないようにしながら、最後の一切れを食べ切る。お腹が一杯だ。隣のガーメイルは少し物足りなさそうにしていたから「もう一枚食べればいいじゃない」と言ってあげると、少しだけ取り繕ってから、その通りにした。


 筋骨隆々のスキンヘッド頭が肉を頬張っている姿は、ある意味絵になるなあなどと考えていると、そのスキンヘッド頭は一瞬でそれを平らげてしまった。


 暫く女所帯の中で過ごしていたから、久しぶりに男の食欲というものを目の当たりにした。


「凄いね。どこにそんだけ入るのさ」


「冒険者は秘密の胃袋を隠し持っているんだ。お前もその内そうなる」


「冒険者って燃費が悪いんだね」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る