既に私は自信満々さ

 私は直ぐに戦闘行動を開始した。

 こういうことは簡単に終わらせるに限る。


 胸元のルーンに熱が広がる、その衝動が全身を駆け巡る。甘い息が漏れた。ルーンの行使に少しばかりの快感が伴うことは、魔術士の間では周知の事実である。私はその熱を左手の人差し指に集める。淡い光が灯ると、その光をはしらせ、空中に文字を刻み始める。ガーメイルはその様子をジッと見ていた。


「略式詠唱」


 指を動かしながら、言葉を紡ぐ。


「ほとばしるいばらの束縛」


 次の瞬間、ガーメイルの周囲の地面が隆起りゅうきした。そこからをつけた大きな茨がうねるように飛び出てくる。


 三本のそれは意思を持っているかのように、ガーメイルに飛び掛かった。


 対象の身体を拘束する魔術だ。私の得意とする魔術の一つである。指向性を持ち、対象をどこまでも追いかける。欠点があるとすれば、それは強度面だろう。ガーメイルは戦斧を片手で振り回すと、まとめて三本の茨を両断する。想定済みだった。この魔術の良いところは、そのしぶとさにあった。


「そういう魔術か」


 ガーメイルもすぐに気付く。これは両断しても意味がないのだ。茨は切れたまま、数をに増やしてうごめいている。


「略式詠唱」

「その狂気は開花する」


 茨についていた蕾が真っ黒の薔薇ばらを咲かせる。そして真っ黒の粒子が舞った。


 簡略化された魔術だから、その効果範囲は狭くなっている。ただ、私が今戦っているのはたった一人だ。それも魔術への対抗策を持たない戦士である。この魔術は毒性のある花粉を広げ、対象を麻痺状態にする。


 そして茨が身体を拘束するのだ。私の扱える魔術の中でも取り分け対処のむつかしいものである。正直なところ、これで終わってもおかしくないとさえ思っていた。ただ、もちろん侮りが厳禁であることも知っていた。


 ガーメイルは平行にした戦斧を地面に振り下ろすと、巻き起こった風圧で花粉を吹き飛ばした。そして再び茨たちを薙ぎ払うと、その包囲網を抜け、私に向かってきた。その速度は想定よりもずっと速く、ずっと鋭い。私は予め空中に刻んでいた魔術を発動する。そして空いていた右の手でも文字を記し始めた。


「記述詠唱」

緩慢かんまんなる土くれの人形」


 まるで地面から這い出てくるように、大きな人型の土塊が立ち上がった。ガーメイルは特段怯むことなく、自分の背丈の二倍はある土人形に戦斧を振り下ろした。それは首元に刺さったものの両断されることなく勢いが止まる。


 これにはガーメイルも驚いたようだった。


 緩慢なる土くれの人形は、その鈍足と引き換えにして、限りなく耐久面を引き上げた魔術だ。それは力自慢の戦士の一撃も止める。ガーメイルは絡めとろうとする土人形の腕を逃れ、戦斧を引き抜き距離を取る。


 次の行動は素早かった。ガーメイルは土人形に固執こしつすることなく、再び私を目指し始めたのだ。今度は私の驚く番だった。経験が豊富な戦士はやるべきことを理解しているようだ。


「略式詠唱」

「緩慢なる土くれの人形」


「略式詠唱」

「緩慢なる土くれの人形」


 最初に出した個体よりも小さく細い土人形が二体出現する。ガーメイルはそれを一振りで破壊した。


「記述詠唱」

「天地がえし」


 ほとんど目と鼻の先に距離が縮まった時、右手の詠唱が完了する。ガーメイルの足元の地面が大きく揺れて割れていく。割れ目はを描き、やがて繋がる。今まで地面だった筈の部分は宙に浮き、ガーメイルを乗せたままひっくり返る。足場を必要とする戦士を殺すための魔術である。


 とはいえ、これだけで戦士は止まらないはずだ。何故ならひっくり返りきる前に離脱するからである。ガーメイルも浮かび上がった地面を蹴りながら、後方に着地する。ただひっくり返った大地はそれに追随した。


 流石に焦った表情が見えた。ただ、それも一瞬だけだ。ガーメイルの戦斧が

 まるで炉の中で熱されているようだ。


 そこから先は何度か見た光景だった。向かってくる大地に斧を振り上げただけ。その刃が刺さった部分から大地は割れていく。勢いは消え、私の操作からも逸脱している。私はあまり対人戦闘を行ってはこなかったけど、都会の戦士はこんなにも強いのか。なるほど、勉強になる。しかし、まだ負けたわけではなかった。


 無防備になったガーメイルの背後から、緩慢なる土くれの人形の腕が振り下ろされたが、それも見越されている。今度はガーメイルの戦斧がその巨体を砕いた。間違いなく威力が上がっている。


 追随するように茨がガーメイルに巻き付こうとしたけど、それも振り払われた。ただ既に二度切られているから、その数はになっている。流石に鬱陶しい数らしく、ガーメイルは手間取っていたけど、隙間を見つけて抜け出すと、再度私に向かってきた。


 その表情は不敵な笑みを浮かべ、この戦闘を楽しんでいる。ふと、もういいだろうと思った。私は両手を挙げて降参の意を示した。土人形はゆっくりと崩れ、茨は急速に枯れてゆく。行使していた魔術をすべて止めた。


「……まだやれそうだが」


 急停止したガーメイルは怪訝そうに眉をひそめた。


趣旨しゅしの問題さ。私の力量は十分に示せたよ。それに周りを見てくれ」


 地属性の魔術は広場をグチャグチャにしている。周りで鍛錬を行っていた冒険者たちも動きを止めて私たちを眺めていた。


「……楽しくなってきたところなのだが」


「そういうふうな表情をしていたよ。だから止める事にしたんだ。魔術士は合理性を貴ぶ。無益な戦闘行為は不必要なのさ。それを楽しむ趣味もなくてね。ここはもういいだろ。既に私は自信満々さ」


「そうか。その通りだな。模擬戦闘は合格とする」


 ガーメイルも戦斧を背負いなおした。


 私は筆記試験に向かう前に、広場の整地をさせられた。当然の処置だ。だが、地属性魔術士にはお手の物である。

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