エピローグ また明日
あれから十年近くの時間が過ぎた。
皇国の力が急速に失われたことによって、連合国の連携は瓦解し、今はそれぞれの国が独立して外交を行っている。
そうそう、王国ではスノウが正式に王位を継いで、ヨーテ王は退位してゆっくり過ごすことにしたらしい。
自分がいない間にスノウが頑張っていた話を沢山聞かされて、安心したみたい。
それに、補佐役として左大臣には新しくライトニッヒさんが、右大臣にはなんとクロっちが選ばれたんだよ。
ユディさんは騎士団長の地位を降りて、退位したヨーテ王専属の衛兵に志願した。そして、それがスノウによって許可された。
あたし?
あたしは……今、教官の仕事をしてるんだ。
あの大戦を受けて、いざという時に
で、あたしもそこで教官になることを任じられたの。
学校で生徒たちにモンスターとの心の通わせ方を教えて、それが終われば相棒のピヨちゃんと一緒に空を飛んでフラフラとしている。
仕事が終われば直ぐに鳥獣舎に待たせている相棒のピヨちゃんに飛び乗って、空へ駆けていく。
そんなあたしたちを見て、皆は「さすが王国最強の獣操士」って尊敬するような眼差しを向けてくれているけど、そんな立派なものじゃない。
あれ以来、家に帰るのが……一人になるのが嫌になったんだ。
一人でいると、どこからか一夜の声が聞こえるような気がして、そんなはずはないのにって……すごく辛くなるから。
ご飯もなかなか喉を通らなくなって、スノウやクロカ、ピヨちゃんにも心配されちゃって。
余計に何やってるんだろうって、みんなはもう前を向いてるのにって、自分を責めたりもした。
でも、だからといってスノウやクロカに迷惑はかけられない。
もう二人はこの国の心臓みたいなもの。
前からもそうだったけど、前以上にふらっと声をかけられるような立場じゃなくなってしまった。
だからこうして、空を飛ぶ時間が次第に増えていった。
ピヨちゃんはそんなあたしに寄り添うために、今まで渋っていた進化を決めて、翼の大きなホワイトホークに姿を変えた。
それでも名前は変えないで欲しいってことだったから、未だにピヨちゃんって呼んでる。
ピヨちゃんと飛べるだけ飛んで、一緒に寝て、明け方になったらシャワーを浴びるためだけに家に帰る。
そうしてすぐにまた、ピヨちゃんと一緒に学校へ出かける。
その繰り返しの日々を過ごしていた。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
その日もいつもと同じように、王国の端の森、その上にある巨岩の上を目指していた。
彼と初めて出会った、あの巨岩。
彼が消えてから、巨岩の上にあったあの大きなお社も姿を消した。
まるで最初から何も無かったみたいに、色とりどりの花が風に揺られているだけの、長閑な風景が広がる場所になっていた。
彼もあたし達に出会う前までは、こうして一人で、この広すぎる空を眺めていたんだろうか、なんて思ったりして。
そうやって時折頬を撫でる風を感じながら過ごしていると、遠くから小さな黒い粒が迫ってきているのが見えた。
目を凝らして見てみると、あたしが教えているクラスの中でも一番の成績を上げている子だった。
とはいえ、彼女はまだモンスターの扱いに不慣れなようで、着陸の時にだいぶモンスターがバタついて、地面に振り下ろされるようにして尻もちをついた。
「だ、大丈夫……?」
「大丈夫です!ちょっとお尻痛いですけど……あはは。じゃなくて!!先生探したんですよ!スノウ陛下がお呼びだそうです!!」
「スノウが……?」
「はい、先生がグラウンドから飛び立って行った直後に、わざわざ陛下が教室に足を運びになられて……急用だったということで、私が先生を追いかけることに……」
生徒が追いかけてきていることを知らなかったものだから、抑えることもなくフルスピードで飛び回ってしまっていたことに申し訳なさを覚えつつも、彼女に感謝の言葉を伝えて、すぐに王城に向かった。
✼••┈┈┈┈••✼••┈┈┈┈••✼
謁見の間に向かうと、玉座に腰を下ろしているスノウの前に、新しく王国姫将になったソワレとイリアの二人が居て、いつもとの如く口喧嘩をしている。
深い蒼色の髪を、右のサイドテールでまとめているのがソワレ。
反対に深紅の髪を左のサイドテールでまとめているのがイリアだ。
いつの間にかこの二人の口喧嘩を止めるのも、姫将筆頭になったあたしの役割になっている。
「こら、女王陛下の御前では礼を欠かないようにっていつも言ってるよね?」
「げ……筆頭……」
「でも今回のはソワレが悪いもん!」
「はぁ!?」
「……こら?」
この二人の仲裁を任されてからは、落ち込んでいる暇もないと思えることが多くなってきていた。
きっとそういう狙いもあって、スノウとクロっちはこの二人のことをあたしに任せたんだろうな。
「ラン、少しは顔色が良くなってきたわね。少し安心したわ」
「……ありがとうございます。ご心配をおかけして申し訳ありません」
「前みたく話してくれていいのに……」
「……そういう訳には」
そんな二人の態度も気にしていない様子で、昔の通りの笑顔で、スノウは話しかけてくれた。
「ところで陛下、ご要件というのは?急用だとお伺いしましたが……」
「ええ。この子たちがね、見つけてきてくれたのよ」
見つけてきてくれた?何を……?
王女の命令で何かを探していたなんて話は耳に入ってきていないけど。
まさか、私には知らせられない何か極秘の任務をこの子たちに与えていた……?
「まさか皇国軍と追いかけっこすることになるなんて思ってなかったよ!」
「ソワレがおっきい声出すからでしょ?」
「ちょっとそれ聞き捨てならないんですけど!!元はと言えばイリちゃんがいきなり炎魔法ぶっぱなすからじゃん!!」
最近皇国軍の動きがきな臭くなってきているとは思っていたけれど……待って、今この子たち追いかけっこしたっていった?
それも炎ぶっぱなしたって……?
他国の軍に突然攻撃しかけるなんて、宣戦布告も良いところじゃない。
この二人、とんでもないことをしでかしてくれたものだ。
既に頭を抱えながら、スノウにどのように謝罪しようかと考えていたが、一つ気になるのはあのスノウであれば、そんな事態に陥っていたら、今のように笑顔を浮かべてはいないはずだ。
さっきの「見つけてきた」というものが何か重要なものだったのだろうか。
「二人は彼……いいえ、彼女のことを見つけ、救い出して来てくれたのよ」
「なんか潜入中に、皇国軍がある特徴の女の子を探してるって噂話を聞いたからさ?」
「なにか企んでるなら邪魔してやろうって思って、連れ去ってきちゃった!」
「連れ去ってきちゃったって……あなた達……」
して、その肝心の対象はどこに?
そう思って辺りを見回していると、スノウが立ち上がって玉座から降り、こちらへ向かってきた。
そして、あたしの傍に待機していた、少し小柄な衛兵に声をかけた。
「さぁ、もう兜を外しても良いですよ」
悪戯っぽく笑うスノウのその言葉を受けてその衛兵が兜を脱ぐと、中からはサラリと艶のある紫色の髪が流れ出して、それをなびかせるように首を数回振った。
その赤い瞳の少女は、申し訳なさそうに「……ただいま」と言って、またあの笑顔を見せてくれた。
「……うそ」
「……ほんとだよ。もう神様じゃないけどね」
以前よりも少しだけ高くなっていた声色。
けれど、話す時に少しだけ困ったように眉を下げるその癖は、間違いなく彼のものだった。
「ごめんね、あんな別れ方をしたもんだから……合わせる顔が無かったというか……それにボク捕まっちゃってて」
ソワレとイリアが皇国で聞いた噂というのが、紫髪で赤い瞳の少女を軍が懸賞金までかけて探しているという話だったという。
どうやら、皇国の神獣が力尽きる直前に、『その特徴のある小娘を探し出して殺せ』と言い遺していたらしい。
そして、ちょうどつい数日前に皇国と王国の国境沿いにある森にて、皇国軍兵士が彼女を捕獲したと。
それを聞いたソワレとイリアは、スノウが探し出すよう指示していた特徴のある人物とも合致すると判断し、皇国軍を強襲。
「スノウ……」
「……私だって、諦めきれなかったんですよ。なんにも返せないまま、あまつさえ、私はギリギリのところまで一夜様を疑ってしまっていた。そんな状態のままお別れなんて、出来るはずがありません」
「だから……二人に指示していたの……?」
「あなたにお願いしたら、あなたはどこまでも行ってしまうでしょう?黙っていたのはごめんなさい」
それは……確かにどこまでも探しに行ってしまっていたと思う。でも、彼のことを探し続けていたのなら、一言でも言ってくれたら良かったのに……。
「そしたらあなた、ずっとそれだけに縛られてしまうでしょう……?私はランにも、前を向いて欲しかったのよ。けどまぁ、結局私も諦めきれなかったのだけれど」
そうして一夜はソワレとイリアによって救い出され、皇国軍を撒いて王国へと帰還した。
すぐにリリアやクルスたちによって身体検査が行われたが、身体は魔族の女性に近い状態であり、神族の特徴は失われていることが分かった。
逃走する際に負ったであろう擦り傷を治療することが出来たときは、リリアもクルスも涙を流してしまったらしい。
事情を知らない人達は、高名な二人が、いとも容易い、たかが擦り傷の治療を成功させただけで、そんなに喜んでいることを不思議に思っていたみたいだ。
「じゃあ今は……一夜は女の子なんすか……?」
「そう……なるみたいだね」
少しだけ気まずそうにする一夜と、あたしが思わず昔の口癖を取り戻していることに微笑んでいるスノウ。
「今まで……この十年間……ずっと、ずっと悲しかったっす……寂しかったんすよ……」
「ごめん、ごめんね……これからはまた一緒に居られるから」
ソワレとイリアも、普段は見せることのないあたしのありのままの姿を見て驚いているようだった。
「ほんとに一緒に居られるんすか……?」
「それについては私が保証します」
振り返ると、いつの間にか玉座の間に入ってきていたライトニッヒさんが居て、そう言ってくれた。その隣でクロっちも力強く頷いている。
「皇国が血眼になって一夜様を探している以上、一夜様を誰かが保護しておかなければなりません。ただ、陛下や私どもは職務上王城からなかなか離れることができません」
「戦闘経験も豊富で、いざとなったら一夜様を連れて逃げることが出来る人物……となると、ランが一番最適でしょ?」
「ということで、これから一夜様にはランと共に生活してもらいます」
「え……?」
言葉を失っているあたしを前に、少しだけ照れくさそうに「……よろしく」と言う一夜。
そのあとは何も言わせないという圧を与えられ、スノウやクロっちに無理やりピヨちゃんの背に一夜ともども乗せられてしまったため、あたし達はそのまま王城から飛び立った。
背中には確かに一夜の体温や、その身体の柔らかさを感じ、最初は遠慮がちにあたしのお腹に回していた腕も、高度をあげるにつれてしっかりと回してくれていることに喜びを感じていた。
「にしても、よく十年近くも森の中で隠れられてたっすね。誰かが匿ってくれてたんすか?」
「ううん。ほんとに目覚めたのは最近だったんだ。なんか地下の石室のような場所にある石の寝台の上に寝かされてて……そこから出たら皇国兵たちがいっぱいですぐに捕まっちゃった……あはは……」
あははって……またすぐに殺されるところだったってのに呑気に笑っちゃって……。
「ここ……懐かしいね……」
「やっぱりここが好きっすか?」
あたしが一夜を連れてきたのは、あの巨岩の上の草原。
あたし達が初めて出会った場所。
あたし達はそこに改めて、二人で暮らすための家を建てることにした。
既に言ノ葉の権能は散ってしまったから、これからは、少しづつ、力を合わせて作り上げていくんだ。
時間はかかるだろうけど、あの一瞬の奇跡と悲劇に比べたら、これから続いていくであろう何気ない日常に希望が湧いてくる。
その日はとりあえず、今あたしが暮らしている家に迎え入れることにした。
ほとんど家で過ごすことがなかった分、部屋が散らかっているということもなく、その点に関しては良かったのかもしれない。
「ベットは一つしかないから、少しだけ我慢してね」
「うん、ありがとう……また明日ね」
疲れてしまったのか、恥ずかしがりながらも寝転がった途端にうとうとし始めた一夜は、そのまま直ぐに眠りに落ちてしまった。
「また明日」か。
ずっと嫌いになっていた言葉だったけど、今目の前で、心地よさそうに寝息を立てる一夜に、また明日からも、元気でいてくれるようにと願いを込めて、私も一夜に言葉を返した。
「また明日っすね」
言の葉は異世界で散る 夏葉緋翠 @Kayohisui
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