第4話

 始業式が終わって教室に戻ると、あの転校生は澄ました表情で席に座っていた。周りの誰も彼女のことを気にした様子はない。


「三奈? 何見てんの」


 美桜の言葉に三奈は「いや」と転校生を見たまま「あれ、誰だっけ」と眉を寄せる。


「それはひどいよ、三奈」


 友人が苦笑しながら「金瀬かなせさんでしょ」と答えた。


「金瀬……」

「十二月の頭に転校してきたじゃん」


 美桜が呆れたように言う。


「いや、それはさすがに知ってるって」

「なに。あの子が何かしたの?」


 友人が面白いおもちゃを見つけたような口調で言った。三奈は「いや」と首を横に振る。


「名前知らなかったから聞いただけ」

「なにそれ。ひどいわ、三奈」


 そう言いながらも楽しそうに笑う友人に三奈は適当に返しながら席に座る。

 きっと三奈が金瀬に対する悪口でも言えば友人たちは今日から彼女をからかいの標的にしていたことだろう。そんな友人たちのノリも最近では少し面倒だ。

 横目で見ると美桜が何か言いたそうな目で三奈のことを見つめ、そしてその視線を金瀬へと向けた。きっと美桜も気づいているのだろう。彼女が始業式に来ていなかったことに。

 三奈は頬杖をついて金瀬を見る。廊下側の列、前から三番目の席。そこで彼女は静かに座っていた。スマホを見るでもなく、何か本を読むでもなく。


 ――友達いないんだろうな。


 考えてみれば変な時期に転校してきたものだ。

 十二月に転校するくらいならば少し待って新学期から転校すれば良かったはず。十二月には試験もあれば冬休みだってある。クラスメイトと仲良くなる時間は少なかっただろう。何か理由があっての転校だったのだろうか。

 考えていると教室の戸が開いて明宮が入ってきた。今日は始業式のあとはロングホームルームのみだったはずだ。三奈は視線を黒板へと移した。


「みなさん、始業式お疲れ様でした。今日はこのロングホームルームを乗り切れば帰れるので頑張ってくださいね」


 明宮はそう言いながらなぜか視線を三奈に向けてくる。三奈は小さく舌打ちをして頬杖をやめると姿勢をずらして椅子の背にもたれた。

 明宮はそんな三奈の動きは気にせず話を進めていく。今日の議題は修学旅行についてだった。


「なんでうちらの修学旅行先って北海道なんだろうね。三月の北海道とか、寒いだけじゃない?」

「海外がよかったよな。私立なんだからそれくらいできたんじゃね?」


 教室で誰かが言っては笑いを誘う。不満を言いながらも楽しそうな声だ。明宮はそんな声にいちいち返答しながら旅行の大まかな日程を黒板に書いていく。

 日程は二泊三日。うち中一日はスキーかスノボをやると決まっているらしい。初日と最終日はほとんどが自由時間。バスで連れて行かれた場所の範囲内で適当に回れということだった。他にも明宮が何か話していたが、とくに聞く気も起きなかったので意識を黒板へと集中させる。


 ――自由時間か。


 美桜はどうするのだろう。こっそり明宮と一緒に行動したりするのだろうか。いや、そんなハイリスクなことを美桜がするとは思えない。では誰と行動するだろう。クラスで仲の良いメンバーと適当にといった感じだろうか。

 思ってから三奈は薄く微笑む。

 一年の頃の彼女ならきっと青ざめていたことだろう。誰かと一緒に行動したいのに誰も自分と行動してくれない。そう思い込んで焦っていたに違いない。


 ――でも。


 三奈はちらりと美桜を見る。彼女は落ち着ついた様子で明宮の方を見つめていた。やはりあの頃の彼女はもうそこにはいなかった。三奈は浅く息を吐いて再び黒板に視線を向ける。


 ――修学旅行か。


 きっと去年の春までの自分なら美桜と一緒にたくさんの思い出を作るのだと張り切っていただろう。しかし、今の自分にはどうでもいいことのように思える。

 行かないと言えばきっと美桜が悲しそうな顔をするから参加はする。だが、参加したところでどう楽しめばいいのかよくわからない。最近はずっとそうだ。

 美桜はあれからもずっと友達でいてくれる。学校ではいつも一緒に行動してくれる。だけどその目は三奈を見ていない。そんな彼女の隣にいることが日に日に虚しくなってくる。


 ――熱でも出たら休めるのにな。


 思いながらなんとなく金瀬の背中に視線を向ける。彼女はじっと明宮の話を聞いているようだ。

 彼女はどうするつもりなのだろう。彼女こそ修学旅行など参加したくないと思っているのではないだろうか。

 転校してきたばかりで馴染みのない学校。

 友達もいない。

 クラスメイトと会話もしたことがない。

 そんな彼女が修学旅行に来るとは思えない。


 ――サボるのかな。


 彼女がサボったところで誰にも影響はない。それどころか彼女がいないことにすら誰も気づきそうにない。それほどまでに金瀬という生徒は存在感がないのだ。こんな状態で学校に来て楽しいものだろうか。

 考えているうちにチャイムが鳴り、周りの生徒は帰り支度を始めていた。

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