第8話 エルフ、学ぶ
「店員さん、換金所の場所どこ?」
「裏口出て左じゃ」
「サンキュー」
「何やってんだこら!」
俺はゲンコツの雨を頭に降らす。
ラピスがこちらの世界にやってきて一ヶ月が経過した。
仕事にも日本での生活にもすっかり慣れて安心した……って油断したのがいけなかった。
「何をするのじゃ! ナイスで親切な対応じゃったろうが!」
「パチ屋の店員にはやっちゃならない親切があるって言ったろうが!」
「我の対応のどこに瑕疵があったと申すか!?」
「換金所の場所教えたろ!」
「おうとも!」
「それがNGだろ!」
「え、どこがじゃ?」
「どこがじゃって……」
新人研修用のマニュアルをカウンターから引っ張り出す。
「ほら、ここ。『景品交換所の場所を伝達してはいけない』って書いてあるだろ」
「じゃから我は景品交換所の場所を教えず換金所の場所を教えたのじゃが?」
「あーーーーパチ屋らしい屁理屈解釈出たなあ!!」
俺は即座にマニュアルのアップデートを決意した。
「そもそも、パチンコに関する事柄は複雑なのじゃ。釘調整は禁止なのに毎夜トントン叩きおるし、『著しく』なければ射幸心を煽っても良いとか抜かしおるし。挙句の果てには三点方式とは。なんじゃこの国は。無法状態ではないか」
「ぐうの音も出ないとはこのことだな」
俺はまさかの異世界エルフに世の理を説かれてしまった。
5月も月末に差し掛かり、店内には今日も緩やかに涼しいエアコンの風が流れている。
『確変継続率100%って書いてあるのに終わっちゃったのよ!? 詐欺じゃないの!?』
とかいうボンバーヘッドなおばちゃんのお相手をして疲労困憊だった俺は、反論する余裕もなくあっさりと白旗を振った。
おばちゃん。それ、ST機だからさ。
普通の継続機で100%続いちゃったらとんだモンスターマシンじゃん。
そんなスペック、お天道様が許しても法律が許してくれないよ。
その法律自体もだいぶねじ曲がって使われてるんだけどさ。
「ラピスさん。八雲野くん」
「あ」
「まずいのじゃ」
昼過ぎから夕方にかけてのアイドルタイム。
客の流れが緩やかなのをいいことにカウンター前で漫才している俺たちを、凍えるような笑顔で呼び止める梨好瑠さん。
既に目を合わせてしまい、俺たちは逃げることができない。
『しかし まわりこまれてしまった!』
というメッセージウィンドウが見えるようだった。
「お仕事、ちゃんとしよっか?」
壊れたオモチャみたいに、俺たちは何度も高速で首を縦に振ったのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「何故パチンコ店が営業できるのか、かぁ」
オープンシフト終了後、パソコンを叩きながら梨好瑠さんは『うーん』と天を見上げる。
「賭博行為は法律で禁止されておるのじゃろう?」
「そうねぇ」
「じゃがパチンコは賭博行為じゃろう?」
「そうねぇ」
「矛盾しているではないか」
「答えは、パチンコは賭博行為ではないから、かしら」
「脳が焼けてしまうわ!」
誰しもが一度は通る難所に、ようやくラピスもかかったみたいだ。
ああ、あったあった、俺にもこんな頃が。
懐かしい気持ちになりながら、苦い顔をするラピスを見つめる。
「難しく考えるなよ。パチンコは賭博行為じゃない」
「そうよ。パチンコは賭博行為じゃないわ」
「うぅ……お主ら、なんぞ邪教の信徒に見えてくるぞい」
心外だな。
と思いつつ、あながち間違いでもないな、と思った俺は、梨好瑠さんと顔を見合わせて苦笑するのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
さて、ご存知の通りパチンコ屋はギャンブル場だ。
パチンコはギャンブルではないけれど、パチンコ屋はギャンブル場だ(大事なことなので二回言った)
つまり、身体と精神をすり減らして稼いだ給料を元手に、伸るか反るかの一発勝負を楽しむ場所である。
当たれば天国、負ければ地獄。
まして、パチンコ店という業態が成り立っているという点を考慮すれば、圧倒的に地獄を味わう客が多くなるのである。
だって天国ばっかり味わう客がいたら、店は大赤字で潰れちゃうからな。
保険と一緒である。
入ったほうがいいのか、入らない方がいいのか。
シンプルに考えよう。
保険屋が成り立っているということは、顧客側の期待値が圧倒的にマイナスなのである。
世の中、そんな当たり前のことすらわからずに生きている人間が多い。
だからこそ、パチンコ店なんていう業種が、未だに辛うじて生き続けている。
「だからおかしいだろうが!」
言ってしまえばパチンコ店は、脳みそゆるふわで生きている馬鹿……ではなくピュアなまでに善良な人間を騙して、存続している。
故に、時々意味不明なまでに理不尽な戯言……ではなくお言葉をちょうだいする時がある。
「いや、何がじゃ」
「全然当たらねーじゃないか! 詐欺だろ、これ! 舐めてんのか!? しかも1000円15回も回らねーしよぉ! いくら負けてると思ってんだ!?」
「そりゃそうじゃろう。月末の平日じゃし、開ける理由がどこにあるのじゃ? それにパチンコで負けるのなぞ当然じゃろう。基本的に負けるからこそ、時々現れる勝者が大きな富を得るのじゃぞ?」
筐体中央部にデカデカと存在するPUSHボタン。
右アタッカーで、全体的に赤い意匠を施した、マックスタイプのCR機。
ベッドへのダイブが得意なおしゃれもみあげの怪盗が躍動する台の前で、ラピスが
白髪交じりのおっさん――ナイスミドルとちょっとした口論を展開していた。
「だとしても限度があるだろう!」
「引き際を見極めるのは打つ側じゃろうに。際限なく投資をする方に問題があるぞえ?」
「せっかく来てやってるお客様だぞこっちは!?」
「それはありがたいことじゃが破産するまで投資をしろとは頼んでないのじゃ」
「はい、ストップ!」
カンカンカーン。ゴングが鳴ってドローで終了。
俺は、ペコペコと頭を下げておっさんのご機嫌を取った。
「ちっ。昨日コタロウに10連敗したんなら、しょうがねーな」
同じピンフの機種繋がりでこっちはこっちで悲惨な負け方したんですよっていう、お得意の同情を引くトークで溜飲を下げる作戦はなんとか成功した。
くたくたになってラピスの方を見ると、むっとした顔が目に入った。
「さっきの者は頭がおかしいのか?」
「頭がおかしいのはお前だ!」
ごつん。
「なんで殴るんじゃー!」
「頭がおかしいやつに頭がおかしいって言っちゃいけません!」
「何故じゃ! 本当の事じゃろう!」
「ハゲにハゲって言ったろ傷つくだろ!? 三十路独身に独身って言ったら泣くだろ!? ペチャパイエルフにペチャパイって言ったら」
「燃やすぞ」
「ってなるだろうが!」
世の中、嘘をつかれるより本当のことを言われたほうがダメージが大きかったりする。
「つまりだ。いい感じに方便を使って立ち回れってことだ」
「じゃが、出ないと言われてしまっては何も言えんぞ」
「そういう時は申し訳ございませんっつって頭を下げるんだよ」
「何故じゃ」
「それが店員の仕事だから」
「理不尽じゃ……」
解せぬ。
とラピスはぶつぶつ言いながらも、ホールの巡回に戻った。
この一ヶ月でパチンコの基礎知識どころか、一般教養まである程度身につけたから、スペック自体は優秀なんだけどなあ。
時折こうして正論パンチを客の顔面にかますところだけが、ちょっと気になる。
大事になる前になんとかしたい。
しかし、ああ見えて意外と頑固である。
どうしたもんか。
そんなことを考えながら俺は、ボーナス中の七揃いカットイン発生後に挟み撃ちし、二確ならぬ二殺をかまして盛大に肩を落とすお兄さんを見て、少しだけ荒んだ心を落ち着かせる。
「そうだ。こういう時はパチンコを打ちに行こう」
「どこに行く!?」
さらっと菜々女が混ざってきた。
お前この時間カウンターのはずなのに、なんでスロットコーナーまで来てるんですかね。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あー、理不尽クレーマーの対応は確かにむかつくよねー」
「文句言うくらいなら家で寝てるかアプリで有料特殊フラグ使って遊べばいいんだよ」
閉店後、俺と菜々女は良く行く過疎ホールで並び打ちをしていた。
交換率は3.3だし機種鮮度もいまいちだけど、他の客がほぼいないシチュエーションが最高なんだよな。
「やっぱりパチンコはじめっとしたとこで打たないとだよね」
「わかるわー。人多い、照明ピカピカ、まじで無理」
などとおよそパチ屋店員らしからぬバッシングを混じえながら、液晶で回転する図柄を眺める。
「個人的には、ラピスちゃんはあのままでいいんだけどねー」
「騒動の火種になるのは店員としてまずいだろ」
「見た目幼女にボコボコに言われるのがいいんだよなー、って何人か言ってるよ」
「まじか。馬鹿しかいないのか、パチ屋」
「馬鹿しかいないよ、パチ屋なんだから」
「確かにな」
じゃあ仕事もプライベートもパチンコ三昧の俺たちは?
視線で訴えると菜々女は、虚しい顔をして笑った。
「過去と他人は変えられない。変えられるのは自分と未来だけだよ。だから変に気にする必要ないってば」
「どこかで聞いたような台詞だな」
「新人研修の時に聞いた八雲野さんの名演説♪」
「よくそんな太古の記憶残ってるなあ」
「……そりゃ、好きな人の言葉だからね」
何か言ったか? と問いかけようとすると、菜々女の真正面でぴぴぴーという確定音が鳴った。
「ほら、こんな感じだって。うんともすんとも言わなくてもさ、ふいに当たる。人生もパチンコも一緒だって」
俺は、にっこりと笑って前向きに思考する菜々女を見て。
「大学中退実家絶縁からの一発逆転ホームランがあるといいな」
「うわーーーんそれ言わないでってばー!」
ちょっと虐めた。少しだけすっとした。我ながら最低なストレス発散法だと思いながら、閉店まで二人で甘デジを打ち込むのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ラピスちゃん、出ないよ」
「うむ、諦めるのじゃ」
翌日。
閉店までロングランをかました弊害か、身体はバキバキ、目はしょぼしょぼという素晴らしいコンディションで、俺は今日もラピスと朝番で働いている。
時刻は十一時を回った頃。
朝一ストレートで飲まれてる客がいれば、ぼちぼち帰り支度を始めるあたりだろう。
「慰めてよ~!」
「なんで我がそのようなことをせねばならんのじゃ」
相変わらず客に対する当たりが厳しい。
まあ今回はラピスに比較的好意的な客っぽいから、とりあえずはいいけど。
「あのぉ、交換所の場所って教えてもらえたり、しませんよね?」
一時的にカウンター対応をしていた俺の前で、特殊景品を交換したばかりの見慣れない風貌の客が恐る恐るといった感じで質問してきた。
「交換所の場所はわかりかねますが」
俺は、客が手に持つ特殊景品を見つめて。
「そちらの景品をお持ちのお客様は、裏手の出入り口から外に出て、左に曲がられてますよ」
「……ああ。ありがとうございます」
これで伝わってくれたのか、客は不安そうな表情を消して笑顔を浮かべて去っていった。
「わざとらしいやり取りじゃのう」
「こういうもんだ。仕方ないだろ」
対応が終わった俺の元に、ラピスが現れる。
「お主はいつもそのような対応をしておるのか?」
「まあ、基本的にはな。ただ、パチンコに不慣れだったり察しが悪そうな相手だったら、もうちょい違う対応するけど」
「先程の者は場馴れしているとどこでわかったのじゃ?」
「そりゃ聞き方だよな。基本的に店員が交換所の場所を教えないってところが頭に入ってる上での聞き方だったからな」
「ふむ。あの程度の会話で察することができたのか」
ラピスは珍しく難しい顔をして考えているみたいだった。
こんな真剣な顔をしたラピスを見るのは、ロングリーチの終盤のボタンプッシュで『金カットイン出ろ! 出るのじゃ!』と祈っている時くらいじゃないだろうか。
「連は、案外細かいところまで見ておるのう。何故じゃ?」
「何故って、そういう仕事だからだろ」
うっかり気を抜くとどこで警察の厄介になるかわからない仕事だからな。
パチンコの盤面の折れた釘を放置して写真撮られて通報、とかもあったし。
「注意しとかなきゃならない仕事だから、仕方なくだよ」
「それにしてはお主、ホール外のところでもそれなりに目ざといではないか」
「まあ、それは……」
「それは?」
面と向かって話すには少しばかり照れくさい。
けど、真剣な態度で尋ねてくるラピスをいなすのももったいない。
俺は観念して、教えてやることにした。
「なんつーの。俺はさ、ぶっちゃけこの仕事になんの未練も執着もねーのよ。でも、ここで働くのは楽しいとは思ってる。なんでだと思う?」
「上司がエロい上に胸がでかいからじゃろ?」
「それは百理あるんだけどさ」
あ。やば。
悪寒がする。
インカム越しで話してたわけじゃないけれど、俺は後で梨好瑠さんに謝ると誓った。
「俺みたいな適当人間でも、ある程度信頼して一緒に仕事してくれる奴らがいるからさ。俺は、俺のことをそこそこ好いてくれてる人たちと一緒にいるのが好きなんだよ」
「じゃから、そやつらのために、何でもしてやるということか?」
「なんでもってわけじゃないけどな」
金貸してくれ、とか言われたら、むしろ俺が貸してくれって泣きつくし。
「せめて、俺ができる範囲でそいつらが困らない環境は整えてやりたいんだよ。いつもお前に営業ルールを細かく指導するのもその一環だよ。皆が働く場所を守るために、仕方なくな」
「そうか……」
胡散臭そうな顔でラピスが俺を見つめる。
なんとなく居心地が悪くなった俺は、戻ってきたスタッフにカウンターを任せてモニタールームに引っ込んだ。
その日はずっと、ラピスは難しい顔をしていたのが印象的だった。
「ちょっとちょっとやっくん! ラピスちゃんどうしたの?」
「ああ~? どうしたよ、菜々女。慌てて。万枚でも出したのか?」
「そんな幸運に恵まれたら誰にも言うわけ無いでしょ!」
勢いに任せて生きてるように見えて、案外計算高いよね、お前。
「論より証拠だよ! ホールに下りて見てみて!」
「どれどれ」
俺は菜々女に促されるまま、ホールワークに勤しむラピスの観察を始めた。
「ラピスちゃ~ん、出ないよおぉ」
「しかたなかろう。パチンコとはそういうものじゃ」
焼き直しみたいな光景だ。
負けっぱなしの客が、ラピスにウザ絡みする。
そんな客のことをラピスが手酷く追い払う。
これのどこに変化があるんだ?
首をひねる俺の前で。
「じゃが、もう少し何とかなっても良い、とも思うのも確かじゃな」
「お?」
果たしてラピスにどんな心境の変化があったのか。
「毎日のように遊んでくれるお主に、たまには運が微笑んでもバチは当たらんじゃろ」
「ラピスちゃんが……ついにデレた……」
「何の話じゃ!?」
感動したように目を押さえる客の前で、ラピスは素っ頓狂な声を上げる。
その後雑談をいくつ交えて。
「また来るが良い。いつも来店感謝しておるぞ、ありがとう」
そう言って、ラピスは客を見送った。
「やればできるじゃん。さすがエルフの女王」
「ふん。下々の者に媚びへつらうなど、手間で敵わぬわ」
俺が話しかけるとラピスはそっぽを向く。
その横顔が少し赤くなっているのを見て、俺はちょっとだけ嬉しくなったのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
【あとがき】
こんにちは、はじめまして。
拙作をお読みくださりありがとうございます。
毎日19時に1話更新していきます(短い場合は2話まとめて更新)。
執筆自体は完了しており、全21話となっています。
よろしければ最後までお付き合いくださいm(_ _)m
※※※フォロー、☆☆☆レビュー、コメントなどいただけると超絶嬉しいです※※※
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