第十七話

 ついに文化祭が一ヶ月に差し迫ってきた日の放課後。

 生徒会室では特に会話もなく、俺と会長は無言で作業を続けていた。

 書紀である俺の主な仕事は学園祭のパンフレットを作成することだ。

 これがなかなか難しく、何を書けばいいのか……正直まだよく分かっていない。

 所々ところどころ他校のコピペみたいになっているが、そのくらいの引用はしたって許されるだろう。


 「……っと、そろそろ17時か。翔くん、ちょっとついて来て!」

 「……?」

 

 ……はて、これから何かあっただろうか。

 何も心当たりがなく頭に疑問符を浮かべていると、それを察したらしい会長は。


 「うん! これから学園祭の出し物の場所決めをする予定でね!」

 「え、それって会長の仕事じゃ……」

 「お願い翔くん! 翔くんにしか頼めないんだ!」

 「……」


 以前にも言ったことがあるが、俺はやれやれ系主人公ではない。

 そんな口車に乗せられるわけが……。


 「お願い翔くん! ……ダメ、かな?」


 俺のもとにすり寄って来て、上目遣いで見つめてくる会長。


 「やれやれ」


 俺は渋々席を立った。




 出し物の場所決めを行う教室に到着し、俺は事情を把握した。

 同時に、上手く丸め込まれたことに気が付き、俺は会長にジト目を向けた。

 会長は髪をイジりながらよそ見をしていた。

 窓を眺め、「まだここ掃除できてないね!」などと性格の悪いしゅうとめのようなことを口にしている。

 どうやら3年生の1組と2組の出し物を行う場所が被ってしまい、揉めている最中らしい。

 ふと会長と目が合うと、グッと親指を立て、「任せた!」と口パクで伝えてきた。

 ……冗談じゃない。

 俺は嘆息し、そのまま帰ろうときびすを返した。

 3年生の……しかも不良のような二人を相手に、俺が会話できるとでも思っているのだろうか。

 1組の生徒の方は染めるのに失敗したかのような金髪をかき上げてオールバック、もう一人はドラマでしか見たことがないくらい逆立ったモヒカンだった。

 最近の高校生にモヒカンは珍しいな、とつい見入ってしまう。

 不良というのは俺が最も関わりたくない人種である。

 以前カツアゲをされた経験があるからか、苦手意識が芽生えてしまっているのかもしれない。

 そんなわけだから、俺にはどうすることもできないのだ。

 そのまま教室から出ていこうとすると、モヒカンが俺の頭部を掴み、正面に回り込んでがんを飛ばしてきた。


 「どこ行こうとしてんだよ? 殺すぞ」

 「すいませんでした」


 反射的に謝ってしまう俺。

 ……いや、待て。何だ今の。どう考えてもおかしいだろ。

 帰ろうとしただけで「殺すぞ」とはいかがなものだろうか。

 腹が立ったので何か言い返してやろうと目があったところで、今度は胸ぐらを掴まれた。


 「何見てんだよ? 殺すぞ」

 「すいませんでした」


 ムリ。ムリだよこの人、会話できないんだもん。

 モヒカンには教室から出ていくことも目を合わせることも拒まれたため、俺の会話する相手はオールバックのみということになる。

 ちなみに会長は黒板消しで黒板の掃除をしていた。

 我関せず、といった様子で黙々と掃除にいそしんでいる。

 どうか会話できる相手であってくれと願い、俺はもう一人の方に話しかけた。


 「……あの、先輩」

 「あ? 誰だお前? ぶっ殺すぞ」

 「……」


 この学校の不良はこんなのばっかなのだろうか。

 話しかけた瞬間、この対応である。

 なんだよこの人たち……超怖い。もう既に失禁しそうなんですけど。

 会長に助けを求めようと視線を送るも、今度は窓の外を眺めて「最近暗くなるの遅くなったよね……」とかなんとか呟いていた。どうやら助けるつもりは微塵みじんもないらしい。

 後で右京にあることないこと適当に吹き込んでやろうと決意しつつ、俺はオールバックに向き直った。

 このままではらちが明かないし、自力でなんとかせねば……。


 「あ、あの、オールバッ……先輩。出し物の場所なんですけど、この後門こうもん前とかどうですかね……?」

 「はぁ? そこは正門と比べて全然人こねえだろ、舐めてんのか? ぶっ殺すぞ」

 「い、いや……。ここって実は穴場でして……」


 それから俺はその場所の美点を事細かに説明した。

 学園祭当日は後門から来る人も多いため、ここを通過する人も多数いるということ。

 日当たりもよいので、気分転換の立ち寄る人も多いこと。

 教員はあまり来ないので、学園祭中の自由度が高いこと。

 多少話は盛ってしまった感はあるが、別に嘘は言ってないはずだ。

 先輩は俺の話に興味を惹きつけられたようで、あと一押しで納得してくれそうな雰囲気だった。

 将来は営業の仕事でもしてみようかな、と考えていると、そこで全く空気を読まない人間が口を開いた。


 「でも結局、一番儲かるのは正面玄関のピロティーなんだよね!」


 会長は俺にキラキラとした笑顔を向けてくる。

 この人、本当に痛い目を見せてくれようか。

 それまで俺の話に聞き入ってくれていた先輩は「たしかに、やっぱりピロティーのが儲かるな。ぶっ殺すぞ」と目をギラつかせ始めた。


 「やっぱりピロティーは譲らねえ。お前がどっか別の場所使えよ。ぶっ殺すぞ」

 「は? さっきまで後門前で良いって言ってたじゃねえか。お前が別のとこ使えよ。殺すぞ」

 「あ? ぶっ殺すぞ」

 「は? 殺すぞ」


 オールバックとモヒカンによる乱闘が始まりそうだったので、俺はチャンスだと思い無言で教室を後にした。

 俺が先に帰ったことに気がついたらしい会長は、ほどなくして半泣きで生徒会室に帰ってきた。

 これに関しては自業自得だと思う。



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 伏見ダイヤモンド

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