第十六話

 夕暮れに背を向けて立つ少女は、何故だかしゃくり上げて泣いていた。

 悲しそうに顔を歪め、ボロボロと大粒の涙を流していた。

 ……この子供は誰だろうか。俺は冷静に考えていた。

 見たことはある。あるはずなのだが、名前がどうしても思い出せない。

 少女は鼻をすすると、正面から俺を見据えてきた。

 あまりの美貌びぼうに、思わず息が詰まる。

 おかしい、俺はロリコンではないはずなのだが。

 少女は俺のもとまで歩み寄ってくると、そっと片手に触れた。

 

 「大きくなって、もしお互いに恋人も好きな人もいなかったら、その時は___」




 「……………」


 目が覚めた。どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 何気なく辺りを見渡すとそこは生徒会室で、室内には副会長である右京の姿しかなかった。

 ちなみに会長はまだ来ていない。

 そういえば、「今日は文化祭の件で遅れてくる」と言っていたことを思い出した。

 昨日遅くまで生徒会の仕事をしていたからだろうか、不覚にも眠ってしまった。

 俺はまだボーッとする頭で、夢での出来事を思い返していた。

 ……あの子、結局なんて言ったんだろうか。ていうか、誰だったっけ。

 小学生のとき、こんなことがあった気はするのだが……。

 そこまで考えたところで、俺の起床に気がついた右京が声をかけてきた。


 「あ、翔くん、起きたんですね。今日は翔くんに相談があって来たんですけど、寝ていたので今まで待ってました」

 「……相談?」


 右京が? 俺に? ……なんだか現実感がないな。

 まだ眠気が残る。

 目をこすりながら話を促すと、右京は何でもないことのように淡々と。


 「はい、実は僕、好きな人がいるんですが、告白するべきか迷ってるんです」

 「ブッ!?」

 「え、ちょっ翔くん!? 大丈夫ですか!?」


 一瞬で目が冴えた。

 目を見開き、心配そうに覗き込んでくる右京の顔をまじまじと見つめる。

 右京に好きな人……? いるのか、そんな人……?

 俺は乾いた喉にお茶を流し込み、続きを話すよう促した。


 「その……その人とは1年生の時、同じクラスだったんです。いつも頼りになって、僕を助けてくれて、いつの間にか好きになってたって感じなんですけど」


 顔を赤らめ、モジモジと恥ずかしそうに言う右京。

 正直、こんな姿は見たこともなかった。

 知り合ってもう1年は経過するが、こんな右京を見るのは初めてだった。

 俺と右京は去年同じ1年2組……つまり俺の知り合いでもあるということだ。

 でも、右京と仲が良さそうな女の子はいなかったはずだが……。


 「……」


 というか、そんなことよりも、だ。

 これ、チャンスなんじゃないか?

 もし右京の告白が成功してくれれば、会長も右京を諦めるしかなくなる。

 俺が妨害したわけでもないから、良心も傷まない。

 我ながら完璧な作戦なんじゃないだろうか。

 俺は微笑ほほえみ、右京の肩に優しく触れた。


 「告白してこい。絶対上手くいくから」

 「翔くん……」


 右京は何故だかうっとりとした表情で俺を見つめていた。

 何かを振り払うように頭を振った右京は俺に向き直ると、突如真剣な表情になる。

 ガッと俺の肩を掴むと、正面から俺を見据えた。


 「……?」


 状況がよく分からず頭の上にクエスチョンマークを数個浮かべていると、右京は恥ずかしそうに目を逸らし、ゴニョゴニョと何かを口にした。


 「翔くん……僕はその、翔くんのことが」

 「……? すまん右京、もっとハッキリ言ってくれ」

 「は、はい。……それで、その……」


 と、その時、能天気な声が生徒会室に響き渡った。


 「やっほー、翔くん! 見て見て、さっき校庭に犬が入ってきて……って、ううう、右京くん!? 今日って生徒会室来る予定だったけ!? い、言ってよもー!」


 右京の顔が目に見えて引きつった。

 ……お前、どんだけ会長のこと嫌いなんだよ。

 右京は俺から手を放すと、目にも止まらぬ速さで会長の脇を通り抜け、鞄を回収した。

 鞄を肩に下げて生徒会室の扉まで行くと、クルリと向き直った。

 そうして動揺している会長には聞こえぬ声量で。


 「告白はまた今度にしておきます」

 「……? おう、頑張れよ」


 俺の言葉に苦笑し、右京は追ってくる会長から逃げるように生徒会室から出ていった。

 会長はまだ混乱しているのか、アワアワと顔を真っ赤に染め上げていた。

 ……ていうか、右京の好きな人って結局誰だったんだろう。




 右京から好きな人がいる、という衝撃のカミングアウトを受けた翌日。

 俺は会長に、そのことを伝えるべきか否かを悩んでいた。

 昨日からそればかりが頭をよぎってしまうせいか、何も手につかない。

 だから課題だの仕事だのが全く終わっていないのは俺のせいじゃない……ハズだ。

 

 「ハァ……」


 どうしたもんかな……。

 悩んでいると、同じく生徒会室で業務にいそしんでいた会長から声をかけられた。


 「翔くん、分かってるよ!」

 「え?」


 ……何が分かってるんだろう。

 まさか、俺が何に悩んでいるか、とかか……?

 いやいや、会長に限ってそれはない。あるわけない。

 しかし会長が勘づいてくれているのなら、それは俺からわざわざ説明しなくてもいいということで、少しばかり期待してしまう。

 キラキラとした眼差しで会長を見つめていると、彼女は一言。


 「お腹が空いてるんだよね!」

 「……違います」


 ですよね。分かるわけないですよね。

 通常運転の会長を前に俺は嘆息した。

 まあ、今は別に言わなくてもいいか。

 右京の好きな人も分からない状況で昨日の出来事を話したとしても、会長の不安をあおってしまうだけだろう。

 ただでさえ今は学園祭のことで忙しいんだし、みずからこれ以上不安要素をつくりにいく必要はない。

 お腹が空いていると勘違いした会長がおにぎりを差し出してきたので、俺は無言で受け取った。

 どこぞの漫画のように砂糖と塩を間違えていたのは、言及しないでおこうと思う。



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 伏見ダイヤモンド

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